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正体不明の虫:ハルムス

今回はハルムスの、作文(?)というか、超短編を訳してみました。
またしても無題なんですけどね。中期の作品です。


 どうしたものだか、僕は鉛筆を買って、家へ帰って絵を描いていた。家を描きたいなあと思った途端、突然サーシャおばさんが僕を呼んだ。僕は鉛筆を置いて、サーシャおばさんのところへ行った。
「呼んだ?」おばさんに聞いた。
「ええ」とおばさんはいった。「あそこをみてよ、壁のところ。あれ、ゴキブリかねえ、蜘蛛かねえ?」
「ゴキブリだと思う」そう言って、行こうとすると、
「ちょっと、なによ!」サーシャおばさんは叫んだ。「やっつけてよ!」
「わかったよ」と、僕は椅子の上にのぼった。
「ほら、古新聞をとって。新聞でつかまえたら、お風呂場の蛇口の下にね」おばさんは言った。
 僕は新聞をとると、ゴキブリの方へ手を伸ばした。しかし、ゴキブリは突然パサリッと音をたてて天井の方へ跳んだ。
「イーイーイーイーイーイィ!」サーシャおばさんは金切り声をあげて、部屋から逃げ出した。
 僕自身もおびえていた。僕は椅子の上に立って、天井の黒い点をながめた。黒い点はゆっくりと窓のほうへ這ってゆく。
「ボーリャ、あんた、つかまえた?なんなの、これ?」おばさんはドアの陰から、興奮した声で尋ねた。
 そこで僕は何故か頭をめぐらしたが、その瞬間椅子から飛び降り、部屋の真ん中まで逃げ出した。すぐさきほどまで立っていた場所のすぐ近くの壁に、正体不明の同じ虫がもう一匹いたのだ。ただ、もっと大きいサイズで、マッチの半分くらいの長さがある奴である。やつは二つの黒い目で僕を見つめ、花に似たちっちゃな口をモグモグさせた。
「ボーリャ、どうしたのよ!?」廊下からおばさんがわめいた。
「もう一匹いるんだ!」僕は叫んだ。
 昆虫は僕を見て、すずめのように呼吸している。
「おええ、なんて気持ちの悪いやつらだ」僕は思っていた。顔全体が歪むほどに。
 こいつらがもし毒を持ってたら、どうするんだ?僕は抑えきれなくなり、悲鳴を上げてドアの方へ突進した。
 ドアを自分の後ろでバタンと閉めた直後に、内側から何かがドアを強く叩いた。
「やつだ」と、深く息を吸い込んで僕は言った。おばさんはすでに廊下から逃げ出していた。
「わたしゃ、もう二度と自分の部屋には入りませんからね!はいらないわよ!好きなようにさせとけばいいんだ、私は部屋には入りませんからね!」
 おばさんは、階段のところに集まってきていた、我が家の住人たちにむかってわめいた。
「アレクサンドラ・ミハイロヴナ、こりゃ一体どういうことですか?」
53号室のセルゲイ・イワーノヴィッチ氏が尋ねた。
「知らない、知らない、知らない!」おばさんは叫んだ。床と天井が震えるほどに、ドアが叩かれた。
「サソリですよ。私たちのところじゃ、南の方にはよくいるんですよ」二階から弁護士の奥さんが言った。
「そうでしょうとも、でも、部屋には入りませんからね!」サーシャおばさんは繰り返す。
「奥さま!」上のバルコニーから身をのりだして、すみれ色のズボンをはいた男が声をかけた。「私らには他人の部屋のサソリを捕まえる義務なんかないんですからね。管理人のところに行きなさいよ」
「そうよ、管理人よ!」弁護士の奥さんは喜んだ。
 サーシャおばさんは管理人のところへ行った。
 53号室のセルゲイ・イワーノヴィッチ氏は、自分の部屋に帰りながら言った。
「しかしながら、あれはサソリじゃありませんな。まず第一に、どこからサソリがここに来れるもんだか、第二に、サソリは跳びませんからなあ。」


今日のハルムスは、まるでスティーブン・キングのようじゃありませんか。
この虫には、どんな意味があるのでしょう?

スティーブン・キングといえば、
最近私は「死のロング・ウォーク」という作品を読んだのですよ。
発表されたのは遅かったようですが、
書かれたのはまだキングが大学生の頃で、
実質的な処女作だそうです。
処女作にはその作家のありとあらゆる要素が全て含まれているといいますが、
この「死のロング・ウォーク」も、
恐怖というものがキングにとって(または人間にとって?)
どういうものであったのか、非常に興味ぶかく読みました。

ストーリーは、
18歳以上の少年が、99人集まって、
とにかく南へと歩いてゆくのです。
これは国民的な競技で、少年たちは自分で志願して集まって来るのです。
ルールは「止まってはいけない」ということだけ。
スピードを一定以上下げてはいけないのです。
それ以外は、しゃべっても食べても何をしてもいいんですけど、
止まったりすると、警告を受けます。
3回以上警告をうけると、射殺されます
それで、最後に一人残るまで、
延々と「ロング・ウォーク」は続くのです。
最後に残った一人は、願いを何でもかなえられるそうなのですけど。
少年たちは、友達になったり、誰かを嫌いになったり、
冗談を言ったり、体調を壊したりしながら、
延々と歩き続けます。
そうして、体力のないものや意志の弱いもの、
または足をくじいたり、運のなかったりするものから、
どんどん撃ち殺されてゆくのです。

いやあ、これは怖かったですねえ。
何が怖いって、このシチュエーションが、
まったくの荒唐無稽でありながら、
どこか人生に似ているのですよ。
戦争だったり、競争社会だったり、受験戦争だったり、
現実の人生に対するリアルな恐怖に、
ちゃんとこの設定が当てはまるようにできているのです。

一番怖いのは、
この「ロング・ウォーク」が何のためのものなのか、
どうしてこんなものがあるのか、
どうして少年たちが自分から参加して歩いているのか、
わからないところです。
現実の人生においても、
何故なのか、どうして必要なのかわからないで、
激しい競争に飲まれて、訳もわからず歩き続けていることって、
ありますもんね。
怖かったー。
キングがこれを書いたのはまだ大学生の頃だったようですが、
もうこの頃にすでにこの人は、人生における「恐怖」ってどういうことか、
知っていたんですね。
私が大学生だった頃は、「ロングウォーク」に参加する少年と同じく、
現実的な恐怖に対する想像力はほとんどなかったものですが。

キングって本当に才能あるんだなあ、と初めて思いましたよ。





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