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子育て地獄

人間というのは、どうして子どもを欲しがるのでしょう。

私は最近、
「子供欲しくないの?」という質問を受けてばかりいるのです。
私の彼氏がオランダ人だと知ると、
絶対に「子供はいるの?」と聞かれますしね。
やっぱりね、顔が観たいんですよね、みんな。
子供がいるとしたらどんな顔をしているのかなって。

その気持ちは私にもわかります。
私だってちょっと観たいような気がしますよ。
私のこの美貌と、
彼氏のあの長身とが結び合わさった時に、
一体どういう奇跡が起こるのか。
ああ、スーパーモデルになっちゃうかもな?
そんな事すら思いますね。
私のこのスバラシイ思考力と、
彼氏のあの記憶力とが組み合わさった時に、
一体どういう奇跡が起こるのか。
ああ、アインシュタインになっちゃうかもな?
そういう事も思います。

不思議なことに、
私の短所と彼の短所を重ねあわせた子供像って、
あんまり考えることはありません。
ちびでぽっちゃりでO脚の、
短気で内気でアルツハイマー気味の、
怠惰で消極的で常に責任転嫁気味の、
生産性のない病弱な自分にそっくりの子供って、
想像するだけでイヤになりますけど、
まあ、今言ってるだけで、
実は全然頭の中で具体的な像は浮かんできませんしね。

それ以上に考えないのが、
ごく普通の、平凡な、良くもなければ悪くもない、
突出した才能もない代わりに、
悪意も善意も人並みの子供の可能性ですね。
まあ、本当の意味での自分たちのコピーというか。

赤ん坊の時には泣き、
2歳くらいで「イヤ」と言い出し、
14歳くらいでアグレッシブになり、
20歳くらいで合コンしたりしている子供。
そんな子供と付き合っている自分なんて、想像つかないな。
そういう可能性が一番強いと思うのですけどね。

まあ要するに私には子供の親になるっていう真剣な覚悟なんか、
何にもないのですよ。
私の怠惰で消極的な性格から生み出される子供なんて、
ろくなもんじゃないと思いますしね。
私のオランダ人も怠惰で消極的ですから、
二人の間に子供が生まれたら、
その子は絶対に怠惰で消極的になると思います。

でも私はそんなオランダ人と自分が一緒に住んでいるのは、
良い事かどうかはともかく、
お互いにとって幸福なことだと思っているのですよ。
なにしろ一緒に住んでいると楽なのです。
お互いの性格の欠点については、
まったくもって許しあえていけますしね。
でももし子供がいたら、
子供に迷惑かけちゃうでしょうね。
二人して。

私のオランダ人は子供の欲しくない人で、
私はだから時々冗談交じりに、

「あーあ、私は子供が欲しいのに。
 私の人生を返してくれる?」

なんて言ったりします。
すると彼はね、ごくごく冷酷な声で、

「自己選択でしょ?」

と返すのです。
私はこう言われると反射的に、何をぅ!
とムッとしますが、
でも、本当に彼の言う通りなんですよね。

子供がそんなに欲しければ、
さっさと別れて別の相手を探すチャンスはいくらでもあった訳ですし。
一人で無理やり生んじまう、というチャンスもいくらでもあった訳です。
でも私の怠惰で消極的な性格が、
いつでもそれに伴う尋常じゃない「面倒くささ」に、しり込みをしましてね。
「まあ、いっか」と寝っころがって本でも読んでいるうちに、
時間が経ってしまった訳なのですよ。

ちなみに、今でもまだ十分間に合います。
今からでも生もうと思えば生めますし、
別れて相手を探そうと思えば、意外と見つかるだろうと私は踏んでいます。
ただね。
やっぱりちょっと、
面倒くさいんですよねー。
ほら、だからもう、子供を持たないのは、
私の場合は確信犯です。

そう、自分のこの怠惰で消極的な性格でもって子供を生めば、
ちょっとした地獄を経験せずにはおられまい、と私は思います。

実際に子供を生んでしまったら、
その子供を愛さずにはいられないでしょうし、
愛してしまったら、
私は自分の人格と実力の欠落しているところ、
そのせいで子供が被る様々なデメリットについて、
とても苦しむと思います。

それよりなにより、
父親に全然向いていない私のオランダ人を、
嫌いになってしまいそうですよ。
まなじりを決して、
「どうしてあなたはそうなの???」なんて問い詰めている自分が、
目に浮かびます。
延々と友達に愚痴り続ける自分とかね。

やっぱりね、子供がいる知人やら友人やらを見ていると、
夫婦仲が悪い人たちが多いですよね。
彼らの話を聞いていると、
お互いの人格批判がやたらと本質的で、具体的で、客観的で、
骨身にしみる感じというか。
特に女の側からの男批判は、
批判というより憎しみですよね。

人が自分の彼氏の悪口をああだのこうだの言っているのを聞くのは、
人生劇場を見ている感じで割と好きなんですけど、
そこに子供がかんで来ると途端に苦しくなります。
だって、人生がかかってきて、
真剣になってくるんだもの。

ああいう風に一緒に住んでいる人間に怒りを感じていたら、
人生は苦しいだろうなあと思います。

私の子供だった頃、
私の両親の仲は最悪で、
そのおかげで兄は荒れて、
私にたいしてその怒りやら憎しみやらをぶつけてきましたし、
家庭というものがどれほど息づまるようなものだったか、
思い出すのも嫌なくらいです。
父が家から出て行ったとき、
どんなに嬉しかったか、
天井が抜けるように楽になったあの感じを今でも覚えています。

あの頃は父がすべての元凶だと思っていましたけど、
今大人になって思うのは、
それぞれがそれぞれの人格的な欠点をぶつけあって、
カオスみたいになっていたのでしょうね。
私たち子どもは両親の戦争に巻き込まれて、
母親軍について、みんなで一緒に父親を叩き潰した訳です。

大人になってそれが良い思い出になったかというと、
うーん、そうでもありませんね。

あの家族の時間、なくても良かったなと思う時がほとんど。
まあ個々の家族のメンバーは、好きなんですけどね。
ずっと一緒にいる必要なかったな、って、
思うのです。
仲の悪かった両親だけが悪いのかって、
やっぱり不仲の原因になっていたのは私たち子供だと思いますし、
誰が悪いっていう訳でもなく、
まあ、私たち一家の個々の性格が、
家族という体制にあまり向いていなかったんだと思います。

人間が一番怒りを覚えるのは、
家族に対してなんですってね。
私はそれ、わかる気がするのです。

私は時々、私のオランダ人と大喧嘩をします。
だけど、私のオランダ人はどこか私に優しくてね。
お互いひどく罵り合っている時でも、
私の気持ちを気にしながら後悔したり、手加減したり、心配したり、
そういう所がちゃんと見えるのです。
私の兄が子供の頃どんな風に私を追いつめたか、
みたいなことを考えると、
ふっと私はオランダ人が愛しくなります。

優しい人に巡り合えてよかったね、という話ではないのですよ。
彼が自分の家族に見せる超エゴな姿を見る限り、
やはり距離感の問題だと思います。
私たちは子供も共有財産もなく、
気持ちひとつでつながっている状態なものですから、
何でも言っていい、
何でもやっていい、
どうせ家族だから的なフィーリングがないのです。
私にはそれがとても楽です。

兄の事はもう嫌いじゃないんですけどね。
ただ、お互いちょっと距離が近すぎたな、と思います。
反対に私が家族の誰彼にひどかったことも山ほどありますし、
そこはもう家族ならでは、
やられてはやり返しの閉じられた世界地獄ですよ。

やっぱりね、
私は家族をつくるのはもう沢山。
距離のない人間関係は無理。
子供は要りませんよ。

皆に「子供つくらないの?」と言われる度に、
オランダ人が子供を欲しがらないから私には子供がいないんだ、
やっぱり子供をつくらないと将来が寂しく不安だ、
とかって陳腐なことをふと考えてしまうのですが、
それはやっぱり、責任転嫁であり、
あまり客観的な考え方じゃないですね。

自分で選んでこうなんでしょ?
ということを、絶対に忘れてはいけませんね。
人生における自分の境遇については、
何もかも。
そうして、自分の頭で考えて選び取った道が、
おそらく自分の性格に一番あった幸福な生き方なのだと、
思うのです。

私は怠惰で消極的に生きようと決意しているのです。
子供はその生き方に邪魔なのです。
そう結論付けた今日この頃なのでした。








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