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対立とは何か、理解とは何か、歩み寄りとは何か

私はロシア人と日本人のハーフの子供の家庭教師をやっています。
最近、彼女は6歳になりました。
進歩が著しいというか、
このくらいの子供ってぐんぐん大きくなるし、
知恵もついてきて、
最初の頃の動物的な感じからだいぶ人間に近くなってきました。
もうちょっとすれば、色々なことが話せるようになりそうです。
最初の頃は縄張り争い的なケンカばかりしていた私たちですが、
最近は仲良いんですよ。
お互いにちょっとづつ、好きになりかけている訳です。

そうは言ってもね、
今日はまた軽い喧嘩をしました。

きっかけはね、
緑色の、カエルの形をしたグミです。

私の授業の時間は2時間ですが、
その時間は基本的に、おやつを食べない事になっています。
一度子供がガムをずっとクチャクチャ噛んでいたことがあって、
ちょっと不愉快だったものですから、
それ以来禁止にしている訳です。
親御さんもその時にかなり厳しく言ったみたいで、
子供のほうでもガムやお菓子をおおっぴらに授業中に食べることはなくなりました。

ところが今日、
なんかのはずみに子供がお菓子の入ったボールを近くに持って来たのです。
本来なら持ってきた時に元の場所に戻させるべきだったのですが、
その時ちょうど和気あいあいとした雰囲気だったので、
あんまり口うるさい事も言いたくなくてね。
NOと言えない日本人根性を前面に押し出してしまったわけです。

それから本を読んだわけですが、
今日は子供にもちょっと文章の一部を読んでもらいました。
彼女は、最近文字離れが進んでいるのです。
以前はすいすいと読めていた文章が、
読めなくなっているのですよ。
文字の連なりがまったくの無意味に感じられるらしくて、
すごく苦労しながら、
クネクネ、ギクシャクと読んでいくのです。
つっかえたり、読み違えたり。
文章が意味として頭に入って来るまで、
慣れてもらうしかないのかなと思うのですけど、
もう全然面白くなさそうでね、
見ていて可哀そうになります。

で、じゃあもう1ページだけ読んでみようか、
と言ったら、
やっぱりね。
「いや!」
という訳です。
「絶対イヤ!」

まあね、聞いている方だって全然面白くないからね。
読んでいる方はもっとつまらないでしょうよね。
気持ちわかり過ぎるなって思いながら、
私は交渉に入りました。
彼女が持ってきたボールの中から、
緑色のカエルのグミが入った小袋を取り出して、

「じゃあさ。
 この1ページをうまく読めたら、
 カエルを一個食べて良し。

 どう?」

すると子供はぱあっとテンションをあげましてね、
やにわに本を取り上げると、

「そっこ・・・で、ワ、ニールさんはっ、
 ・・・い、い、ました。」

なんて感じで、随分時間をかけて、
一生懸命読み終えたわけです。
すごく頑張ってね。
えらかったんですよ。

「よくやった!
 あんたを誇りに思う!」

私はそう言って、カエルを一個あげました。
ちなみに彼女の両親はインテリで教育熱心でちゃんとした人たちですから、
普段から子供を報酬で釣って何かをさせる、
ということを一切してないみたいですね。
子供の釣られ方が半端なく安易でしたよ。

で、しばらくそんな感じで、
1ページ読ませては、
カエル一個、
1ページ読ませては、
カエル一個、
とやっていた訳ですが、
まあ、そのうち子供の頭脳に限界がきまして、
「ああ、もうこんなのやってられないぜ!!!」
みたいな感じで、
絨毯の上をゴロゴロ転がりだした訳です。
うまい具合に私の頭脳にも限界が来ていたので、
私も一緒に絨毯の上をゴロゴロ転がって、
「ああ、やってられないねえ」
と叫んだわけですが。
すると向こうはキャアキャア笑って、
「やってられなーい」なんて言うのです。
まあ、この時点では私たち、大変友好的だったのですよ。

で、今度は遊びにシフトチェンジしまして、
一緒にならんで、すごろくを始めたのですが。

その時にね、子供が勝手にカエルを食べるのです。
次から次へと。
隣にいるものですから、
化学的に加味されたメロンの匂いがきつくてね。
クチャクチャ噛んでいる音にもイライラしてきて、
私は小袋を子供の手から取り上げました。

「さ、カエルはもう終わりよ」

ところが、子供にとってそれは大変心外なことだったようです。

「あっ。返して。返して!!

大声を出しましてね、
私の手からひったくって、
もう一個大急ぎで口に放り込むのです。
そして、ニヤニヤしながら私を見るのです。
まったくもってゴロツキのやり口ですよ。

だから私は断固として、

「もうカエルはおしまい。
 こっちに頂戴。」

と手を出しました。
でも、私は普段から全然威厳がないもんですから、
子供には私にたいする服従心というものが全然育っていなくてね、
後ろ手に隠して、カエルを渡さないのです。
こう着状態とはこの事でしたね。
両者にらみ合い。

私の頭のなかの産経新聞的な部分は、

「なめられてはダメだ!
 大人の意地を見せろ!
 力ずくで行け!

と言う訳です。

でも、私の頭の中の朝日新聞的な部分は、

「いや、武力行使はだめだ。
 泣かれるとまずい。」

と言う訳です。

そして東京新聞的な部分はね、

「それどころじゃない。
 すべてはまず原発を停止させてからだ」

というのです。

私は考えて、考えて、考えましてね・・・
ついに言いましたよ。

「めんどうくさい。」

この面倒くさい、というのは、私の弟がよく言ったんですよね。
投げ捨てるように。
昔、私が弟をからかって、しつこかったりすると、
ああ、もう、めんどうくさい。って。
そう言われると私は、
ハッとしたものです。

で、私が投げ捨てるようにそう言ったら、
彼女もやっぱりハッとしたような顔になりました。

「め・・・めんどうくさいって、?」
そっちか!

でも、私はめげずに言いました。

「めんどうくさいって言うのは、
 何度言っても言う事を聞かない子供の事だよ。
 めんどうくさいよ、本当に。
 いやになるよ。
 私は叩いたり、怒鳴ったり、そういうのはいやなの。
 無理やり取り上げたりするの、キライなの。
 でもそうしないと、言う事聞いてくれないんでしょ?
 あーあ、面倒くさいんですけど。

できるだけ尖った言い方でね。
そうすると子供はね、
困ったような顔になって言いました。

「だって、だって・・・
 わたしは、ね。
 遊びたいだけなんだよ」

「遊ぶのがダメなんて言ってやしない。
 カエルがダメだって言ってるの!
 一度言ってわからない子供なんてダメだよ!
 せっかく楽しかったのにさ、
 せっかく二人で笑って楽しかったのに、
 ほら、そんな風にイヤな事するから、台ナシじゃんか?
 どうなのよ?」

私は大人げなく言い募りましたよ。
すると子供はどう言っていいかわからないように、
でも結構頑固そうな顔で、
もう一個カエルを口に放り込みました。
絶対やめないつもりです。

で、私はそれを見てね、
さあ、じゃあ、本気で怒るぞ、
と思った訳です。
そして口を開きかけた瞬間、
背後でドアがガチャっと開きまして、
母親が部屋の中に入ってきました。

「・・・まあ、今日のところはもういい。」

私はそう言いました。
てへ。

帰り道、
電車に乗って家へ向かう途中で、
「あんな解決で良かったのかな」と、
ふと思いました。

いや、「面倒くさい」は良いんですよ。
子供は大人になっていく過程で、
面倒くささを極力排除していかなくちゃいけないと、
私は思います。
私が一番嫌いなのは面倒くさい人間ですから。

途中でやめたのも仕方ないのです。
母親は厳しい人だから、
子供が授業中にカエルを食べて、やめろと言ったのにやめなかった、
みたいな事が起こると、
凄まじい叱り方をするのですよ。
それは必要なことで、おかげで子供は結構まともですけど、
私はどうも苦手でね。
見たくないのですよ、六歳が叱り飛ばされる姿とか。

でもやっぱり、私が選んだのは、
あんまり良い解決法じゃなかったし、
論理的でもなかったな。

言っても、彼女はね、
そんなに理の通じない人ではないのです。
例えば、
私が日本語の文を読ませようとすると、
彼女は面倒くさいから、
「やりたくないの。」と言うのですが、
でも私が、
「でもね、私は君がこういうの、
 すらすら読めればなあって、夢見てるの。」
とか適当な事を言うと、
「わかった。」
と雄々しく言って、ちゃんとトライする子なのです。
納得すれば、飲むのです。

つまりね、彼女が妙に反抗的な時というのは、
何かしら納得できない事があって、
それを自分ではちゃんと説明できなくて、
こっちがそれを汲み取ってやれてない時が多いんですよね。

「でもね、私は遊びたかっただけなんだよ」
という返事、
あまりにもアブストラクトじゃありませんか?
これは多分、何か言い返したかったけど言えなかったので、
言えることを言った、
ということだと思うのです。

ふと思ったのが、
おそらく彼女のテーマは、

「どうしてさっきは食べても良かったのに、
 今はいけないの?」

という事じゃなかったかと。
そう、先に原則を曲げたのは私です。
だから彼女は、

「こいつ、自分の気持ちひとつで勝手に私を弄んでいるな」

と感じたのかもしれません。
だからその時私が言うべきだったことは、

「授業中はカエルはダメだけど、
 さっきは偉かったから食べていいことにしたの。
 だから、もう1ページ読んだら、
 カエルを一個食べてもいいよ。
 でも読みたくなかったら、こっちへカエルを寄越しなさい。
 はたらかざるもの、食うべからず。」

これがすっきりした論理というものだったかも。
私もすっきり、
子供もすっきり。

バカの後知恵というけれど、
いつも後から、こうすれば良かったと、思うんですよね。

で、そこからふとまた思ったのですけど、
竹島問題とか、尖閣諸島問題とか、
今日本は領土問題で他国と揉めてますけど、
あのままのやり方じゃ結局ダメなんじゃないでしょうかね。

36歳の大人が、6歳の子供相手に、
カエル一個もぎとれないのがこの世界ですよ。
お互い本能的に対峙していたのでは、
「カエルが食いてえ」
「カエルはくせえ」
の醜いこう着状態が続くだけ。

だけど一枚皮をめくってみれば、
そこにはルールと例外についての問題があるし、
お互いそこで筋を通したいことには変わりがないのです。

背後の理由が見えれば、
彼女は単なるワガママな子供じゃないし、
私は気まぐれで権力を振りかざしたわけじゃない。

子供の幼さと言葉の足りなさ、
私の人間としての未熟さと頭の足りなさが、
問題を見えにくくしたとしても、
やっぱり相手の立場に立って、
相手の論理をよくよく考えてみることで、
お互いにとって納得のいく、平和的な落とし所が見えてくるのではないか、
と思うのです。

逆にそれなしでは、
6歳の子供からカエルのグミを奪い取ることに、
物凄い負のエネルギーを消費しなければならないのが、
この世界なのです。
ましてや島なんてね。
カエル何個ぶんよ。
って話ですよ。

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