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騎士たち

騎士たち 

 老婆でいっぱいの家がありました。老婆たちは一日中家のなかをうろつきまわり、紙製のおもしでハエを叩いたりしておりました。この家の老婆は、全部で36人。いちばん達者な老婆はユフリョーヴァという名字で、他の老婆たちを仕切っていました。言うことを聞かない老婆がいると、その肩をひねりあげたり、足払いをくわせるのです。すると老婆たちは転げ落ちて、不細工な顔を打ち砕かれたりするのでした。ユフリョーヴァに罰を受けたズヴャーキナという老婆などは、打ちどころが悪くって、上下のあごを壊してしまったほどでした。ドクトルを呼ばねばなりません。彼はやってくると、白衣をはおり、ズヴァーキナを診察して、あごを直すことを検討するにはこの人は年を取りすぎとるね、と言いました。それからドクトルは金槌とのみ、ヤットコと紐を持ってくるように言いました。老婆たちは、ヤットコとのみがどういう格好のものだか知らぬまま、長いこと家じゅうを探し回り、道具に似ていると思うものを全部ドクトルのところへ持ってゆきました。ドクトルは長いこと毒づいておりましたが、ついに、必要なものをすべて手に入れると、全員に部屋から出るようにといいました。老婆たちは好奇心に焼かれながら、ほぞをかむ思いで部屋を出てゆきました。悪口雑言不平不満とともに、老婆たちが部屋からぞろぞろ出てゆくと、ドクトルは彼女らの背後で錠をおろし、ズヴャーキナに近よりました。
「さあてね」ドクトルは言って、ズヴャーキナをつかまえると、紐で固く縛り上げました。それからドクトルは、金切り声と悲鳴も気にせず、ズヴャーキナのあごにのみをたて、金槌でそれを激しく叩きだしたのです。ズヴャーキナはしゃがれたバスの声で叫び始めました。ズヴャーキナのあごをのみで砕いたあと、ドクトルはヤットコをつかみ、ズヴャーキナのあごをそれで挟んで、もぎとりました。ズヴャーキナは血を流しながら、わめき、叫び、うめきました。一方、ドクトルはヤットコともぎとったズヴャーキナのあごを床に投げ、白衣をぬいで、それで手をぬぐうと、ドアに近づいて開け放ちました。老婆たちは喚声をあげて部屋へなだれ込み、おのおのズヴャーキナやら、床に転がった血だらけの塊やらに、大きくみはった目を据えました。ドクトルは老婆をかきわけて出てゆきます。老婆たちはズヴャーキナのほうへとんでゆきました。ズヴャーキナは静かになりはじめ、見た感じ、死にかけているようでありました。ユフリョーヴァはその場に立ち尽くし、ズヴャーキナを見つめながら、ひまわりの種をカリカリかじりました。ビャーシェチキナばあさんがいいました。
「ねえ、ユフリョーヴァ、あたしとあんたもいつか死ぬんだねえ」
 ユフリョーヴァはビャーシェチキナをひっ転がしてやろうとしましたが、相手はその瞬間に脇へとび退きました。
「行きましょうよ、ばあさんたち!」ビャーシェチキナは言いました。「ここで何をするのさ?ズヴャーキナの面倒はユフリョーヴァにみさせておけばいいじゃないか、あたしたちはハエを叩きに行こうよ」
 老婆たちは部屋から移動し始めました。
 ユフリョーヴァは、ひまわりの種をかじり続けながら、部屋の真ん中に立ち、ズヴャーキナを眺めておりました。ズヴャーキナは静かになって、身動きもせずに寝転がっております。もしかしたら、死んだのかもしれません。
 しかし、筆者は、インク壷がどうしてもめっからないという理由のため、この小説をここで終わらせたいと思います。

1940年 6月21日 (金曜日)


ハルムス最後の作品群の中のひとつ。
この時期の作品は、すべて暗くて出口のない、
絶望的な感じに満ちています。
発想が非常に罰当たりになってきて、
普段にも増して、
残酷で、厳しくなってくるのですね。
理由もなく、意味もなく、老婆たちはひどい目にあい、殺されます。

この翌年、「敗北主義的発言」によって逮捕されたと書いてあるのですが、
非常な精神的危機は、もうすでに訪れていたのではないでしょうか。
追い詰められている雰囲気は出てますよね。

昨日の時点で訳し終えていたのですが、
なんだかブラックなのでアップするのをためらってしまいました。
ブラックユーモアは好きなのですが、
これは、ユーモアって感じじゃなくて、たんにブラックだし。

ロシアに文豪が次々と生まれた19世紀は、
実は検閲がひどく激しい時期でした。
不思議なんですけど、ロシア人の作家は、
弾圧が厳しければ厳しいほど天才的な作品を生み出すようだ、と、
大学のときの先生が言っていたのですが。
ただ、その影には、ハルムスのように、
身に受けた弾圧や拒否や希望のなさを、
作品に昇華できずに潰れていった作家が五万といるだろうと思います。
実際死んじゃった作家も山ほどいるわけですし。
ハルムスは20世紀の作家ですが、やはりその末裔ですよねえ。
生き抜けない、ということが、一体どういうことか、
日本に暮らしているとなかなか骨身にしみませんが、
国家の在り様や政治体制や経済や国際社会の動向や、
自分は関係のないようなずっと上のほうの枠組みで、
最初から運命が決ってしまうこともありえるのだ、と、
ロシアに暮らすうちに、しみじみ思うようになりました。
せいぜい日本がそうならないように、今のうちに頑張りたいですけど、
こればっかりはねえ。



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