FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

糟糠の妻

この間日本に帰った時に、
母の友達2人と母と私と4人で、
会食の機会がありました。
ずいぶん長い間の知り合いで、
私の父のことやなんかも知っている人たちです。

で、色々な話になりまして、
それぞれの結婚生活の話もでたのです。
これがまた、傑作でね。

母ともう一人は結婚を大失敗して、離婚しているのです。
ところが一人は良い人と結婚して、本当にうまくいっているのですって。
このうまく行っている人が、
うまく行ってない二人をガンガンに斬っていくのです。
「当然よ、あんな人!」
「ろくでもない!」
「良い所なんかどこにもないじゃない!」
で、斬られた本人たちは、
めちゃくちゃ言われながらゲラゲラ笑っているのです。
やっぱり年を経た女たちは、
なかなか良い味を出してくるもんだなあと思いましたね。

それで、良い結婚をした人の話なのですが、
彼女の馴れ初めのなんかの話も出まして、
当然私は興味津々で聞き入った訳です。

なんでもね、
初めて彼(結婚相手)の家にお邪魔した時のことだそうです。
彼の家は狭い六畳一間みたいなところで、
家の真ん中がなんだかカーテンで仕切ってあって、
その片方のど真ん中に、
ちゃぶ台だかテーブルだかが置いてあったんですって。
で、そのちゃぶ台だかテーブルの上に御櫃があって、
そこには大豆の蒸かしたのが入っていたそうです。
それを示して彼の曰く。

自分には親からもらった金が少しある。
そして自分は働くのは嫌いである。
そして自分は一生この部屋に住むので構わない。
なので、そのお金で一生ここの部屋に住めるように、
いつもこの大豆を食っているのである。


とね。

私はこの話、どうなるのかと固唾を飲みましたよ。
だって今までの話の中で、
良い所などそれこそ一つもないじゃありませんか?
どういうどんでん返しが待ってるんだろう、これから。
そう思っていたら、
母の友人が言うのです。

「それで私、それがすっごく気に入ってね。
 とても良いなと思って、是非結婚しましょうっていったの」

・・・・・。
どんでん返しはないのです。
もう、そのまんまで好きだったってことなのですよ。

「昔はそういうの、普通だったのよ。
 お金とかそういうんじゃなくてね。
 私は糟糠の妻みたいのにすごく憧れていたから、
 よし、じゃあ私がこの人を支えて、
 私が稼いでこの人を食べさせてあげようって、
 すごく燃えたわ!」

そんなような話でした。
すると、母が言うのです。

「私だって、お父さんと結婚するとき、
 お金の事なんか全然考えなかったわ」

すると、母のもう一人の友人も言うのです。

「私だって!」

そして三人が各々口にするのは、

「昔はそれが普通だったのよねええ」

いやあ、非常に勉強になった夜でした。
もちろん三人いるうちの二人までは離婚している訳ですし、
特にうちの母など父の経済力のなさには悩まされっ放し、
泥沼の別れ話を繰り広げた訳ですから、
一概に金の事を考えずに結婚するのが良いという訳ではありません。

でも、私みたいにちゃんと用心して貧乏なロシア人とはつきあわず、
経済力ありそうなヨーロピアン男子を選んだって、
結局は3年間で2回も失業しちゃうわけですしね。
人生はどうなるか本当にわからないのだから、
打算や条件なんかで人を選んだって結局無意味だねって話ですね。

それにしてもこの夜に、
三人の口から何度も出た糟糠の妻という言葉が、
最近の私の頭を何度もよぎるのです。
糟糠の妻ブームが、私のなかで来ているのです。

糟糠の妻とはご存知、
中国の歴史書『後漢書(宋弘伝)』に出てくる、
「糟糠の妻は堂より下さず」に由来する言葉です。
糟糠とは米ぬか・米カスのことで、
そんな物くらいしか食べられない貧しい時代を共にした妻は、
立身出世しても追い出すわけにはいかない、
という意味だそうです。

私のオランダ人が失業してから、
私は自分の正しい在り方は何かとずっと考えていましたが、
答はおそらく糟糠にあり。
多分これですよ。

糟糠の妻的に考えれば、
要するに、今は私のオランダ人に恩を売る大チャンス
そして、二人の愛を至高の愛に高める大チャンスです。
ああそうか、神様はだからこのタイミングで彼を失業させたのかな。

私は早速オランダ人に言いました。

「あのねえ、失業保険も減額になって、
 しかもすぐには貰えないでしょ?
 部屋代、光熱費、大変でしょ?
 私は最近、すごく稼いでるから、
 ちょっとぐらい仕事が見つからなくても大丈夫。
 これから私が生活費入れるからさ」

オランダ人はすると物凄く嬉しそうな顔で言いました。

「あ、そうしてくれる?
 助かるわ。
 月300ユーロくれるとありがたい」

・・・300ユーロか。
・・・ううむ。
・・・痛いね。

私は俄かに感じ出した胸の痛みを押し殺し、
笑顔で言いました。

「うん!いいよ。もちろんだよ。
 いま振り込むね!」

しかし、これは一種の愛への投資なのです。
私はケチですが、
私のオランダ人もケチです。
だから、今まで出さなくても済んだ金を出すことには大変な心の痛みを伴います。
でも、私も彼も両方がそうだから、
彼には私のこの犠牲精神がきっと理解できると思うのです。
その結果どうなるか。
来年の七月に、
私と私のオランダ人は出会ってから15年目を迎えます。
記念年なのです。
そこへ向けて愛は燃え上がっていくのではないか。
そして、私のオランダ人は一生私に頭が上がらなくなるのではないか。
穏やかになり、優しくなり、かいがいしくなるのではないか。
これがいわゆる、糟糠作戦という奴です。

チェスではオランダ人に絶対勝てない私ですが、
人生のチェスではまあ、負ける気がしないですよね。

で、今日も仕事から帰ってくると、
彼氏が薄汚い恰好で出て来て、
セーターで何やら手を拭きながら、
「おかえりなさい」なんて言う訳です。
「あれ?今日は面接じゃなかったの?」
「うん・・・」

俯く彼に、何やら不穏な雰囲気を感じ、
私は言いました。

「・・・行かなかったの?」
「いや、そうじゃないんだけど・・・」

私は大急ぎで言いました。

「まあ、いいよ。
 大丈夫だよ。何とかなるって。
 私が何とか生活の面倒は見るから、
 しばらくゆっくりと考えなよ。
 そのうち、きっとあなたにも良い仕事が見つかるよ」

いやあ、気持ちが良かったです。
なんだか日本婦道記のなかに入ったみたいな気持ちでした。
私にもこんな綺麗事が言えたんですね。
これから私の糟糠作戦が始まっていくでしょう。
来年の七月に、作戦はピークを迎える予定です。

と思ったら。

「見つかったよ」
「ん?」
「今日面接いったら、即決だった。
 明日から仕事に行くよ」
「・・・おめでとう」

糟糠作戦、終了。

「ところでさ、
 生活費を入れる件だけど。
 やっぱり今は君、収入結構あるでしょ?
 僕は新しい仕事、ちょっとサラリーが下がったんだよ。
 月300ユーロ、やっぱり入れてくれる?」

・・・・。
ええええええー。

「いや、ちょっと待ってよ・・・それはさ・・・それは・・・」

散々ごねた挙句、
収入の一割を生活費として上納することで許してもらえました。
糟糠作戦で負けたのはどうやら私だったようです。
チキショー!(コウメ太夫)


スポンサーサイト

失業フィーリング

ここ最近、私はやたらと仕事が忙しく、
毎日毎日外を駆けずり回っているのです。

仕事が忙しいのは良いことです。
私はフリーランスですから、
仕事は来れば来るほど、
「ああ、認められているな」と感じることが出来ます。
以前ロシア語の通訳をしていた時も、
私はろくな通訳じゃありませんでしたけど、
やっぱり「ああ、自分がいなければこの場はお終いだな」と感じられる事が多々あり、
それはもう仕事が好きでした。

自分がいなければ回っていかない、
という感覚を持てるのは最大の幸福であると思います。
それは家庭におけるお母さんも同じですけどね。

最近失業している私のオランダ人をみて、
かわいそうだなあ、と本当に思います。
就活中でなかなか身の振り方が決まらない学生さんもそうだと思いますけど、
就職活動っていうのは、
八割がた「要らない」と他人に言われる活動のことなんですね。
学歴があったり技術や資格があったり、
美しかったり、コネがあったり、
そういう強みがあれば別ですけど、
私のオランダ人のようなちょっと暗めの普通の人には、
どこからも声がかからない。
ちょっと興味を持ってもらえても、
またちょっとの事で切り捨てられる。
誰にも必要とされてないっていう感覚。
もう、それが本当にかわいそうでね(涙)。

本人はもうおっさんですし、
もともとが無表情・寡黙ですから、
あまり表面に出したりしないわけですが、
二度目の失業で失業保険の額もぐっと少なくなり、
現実的な兵糧攻めがジワジワ始まると、
やはり心の中でいろいろ思っていることはわかります。

早く仕事が見つかるといいけど。
まあ、最近は私が結構稼いでいますから、
犬を飼っていると思って、
焦らずにゆっくりさせてもいい訳ですけど、
部屋の中に男をいつまでも置いておくと、
部屋も本人も腐っていきますしね。
そのうちアルバイトにでも出すかなあ。

でも、人生の本当の目的は、
仕事でも家庭でもなくて、
「幸福でいる事」だと思うのです。
だから本当に、
この現在の状況で可能な幸福とは何か、を、
私のオランダ人とじっくり考えなくちゃなあ、と思っています。





神の下したもうた試練

最近、私はオランダ人に向かって、
「ねえ、仕事は探しているの?」的なことを、
つい言ってしまうのです。

この世界的な不景気、
ギリシャ危機の煽りを受けたヨーロッパ経済、
そして揺らぎつつあるオランダの高福祉、
私のオランダ人の年齢、
仕事に対する低いモチベーション、
にもかかわらずの貧困に対する低い危機意識・・・

まずい。

腕組みをしながら、
そんな事を思い悩む毎日なのです。
それでやっぱり、
言うまい、言うまい、
と思いながら、

「ねえ、仕事は探しているの?」

この一言が出てしまうのです。
まあ、一言だけなら確認の意味で発してみるのも悪くないけれども、
私はどうしてもおしゃべりで、
口から生まれてきたようなところがあるもので、
余計な二言目、三言目、四言目が次々と生まれて来て、
結局ノンストップ。
寡黙なオランダ人が無理やりストップをかけるまで、
ダラダラダラダラ、
要らない不吉な予感を垂れ流してしまうのです。

私はつくづくこういう時の覚悟が足りなくて、
その上甘やかされて育っているから不安に克てなくて、
実力がないから自信がない。
悪い予想ばかりが頭をループして、
なかなかそこから抜け出せない。
本当に仕方ないなと思います。

でも今日ふと思ったのですよね。
この失業は、
神が私にたいして下したもうた試練ではないか、と。

神様が私にたいして、
「お前の腕はどの位のものなんだい」と言っているのではないか、と。

思えば昔から私は、
知恵のある賢い女房的な話は大好きだったのですよ。
『日本婦道記』なんて何度も読みましたしね。
『功名が辻』なんかも好きでしたよ。
アンリ・トロワイヤの『ピョートル大帝』のなかで、
一番好きな人物はエカチェリーナ一世ですしね。
その度にちょっとづつ影響を受けたものです。
あの、野村監督における 沙知代夫人とか、
落合博満における信子夫人とか、
どんな風でも離婚になったりしないのは、
やっぱり夫のピンチの時にすごく頼りになったからだろうな、とか、
色々なことを考える訳です。
ああいう私の傾向は、
まさにこの時のためのものだったのではないだろうか。

そう、やっぱりこういう危機の時に、
その人間の本質というのは顕わになるのですよ。

今日は仕事が休みだったものですから、
私は朝からずっと『劣化国家』を読みつつ、
読みながらウトウト眠りつつ、
半分の頭で、
ではどうすべきなのか?
ということを考えていました。

「夫 失業 どうすべき?」
でググったりしてね。
まあ、私が期待するような理想的な解決法は現れず、
やっぱりネットじゃこういうのは無理かと思った次第ですけど。

私は考えて考えて、
こう思ったのです。

危機の時、
凡庸な女は男を潰す。
優秀な女は男を保つ。
天才の女は男をあげる。
これだな、って。

そうなのですよ。
この失業の間に、
私のオランダ人が自信を失わず、
希望を失わず、
更にもっとステップアップして、
「ああ、あの時失業してて本当に良かったな」と、
あとから思える、
そんな方法が必ずあるはずなのです。
絶対にあるはずなのですよ。
それが出来たら、きっと神様は、
「やっぱりあんた最高だわ!」と、
あらためて言ってくれると思うのです。

でも、それには一体どうしたらいいのだろう。
私は考えて、考えて、考え込みました。

私がそんな風に真剣に考えている間にも、
彼氏がチョコチョコ私の部屋にやって来るのです。

音をたてずに入ってきて、突然後ろで踊り出したりね。
失業して暇なものだから、
暇つぶしにちょっかいをかけてくるのです。
これがまた、鬱陶しくてねえ。
普段あまりギャグとかない人だけに、
あんまり面白くもないですし。

二回も、三回も、
繰り返し繰り返し、
その無理やりな彼氏ギャグにおつきあいして、
思考をかき乱されているうちに、
私はまたつい言いました。

「ねえ、仕事は探してるの?」

うむ。
神の道は遠いね。


またか

オランダに帰ってきて、しばらく経ちました。
もう仕事も始まっていて、
日常生活に戻っています。
面白い事に、何年も行ったり来たりして生活するうちに、
モード変換があっと言う間になってきて、
日本にいる時の日本での自分と、
オランダにいる時のオランダでの自分が、
プツッと帰ってきた瞬間に入れ替わるのです。

ところで、オランダに戻ってきた瞬間に私のオランダ人がもたらしたビックニュースは、
失業した。
というものでした。
ははは。
またかよ!
この三年間で二度目の失業。
私のオランダ人、45歳。
「不惑」っていう言葉をとことんまで裏切りながら、
我が道をふらふら、ふらふら、どこまで行くのでしょう。

まあ、ただ、本人が、
失業したことであんまり幸福そうではないから、
それにやっぱり社会的な責任も失業してたら果たせませんから、
一刻も早く仕事を見つけて欲しいものです。

ところで、今私はニーアル・ファーガソンという人の、
「劣化国家」という本を読んでいます。
これは西欧諸国の社会システムが機能不全に陥っていて、
国家として劣化しつつある、
それは何故か。
という本なのです。
空港の本屋でチラッと見て、
面白そうだったので購入しました。
この、衰退する西欧諸国と、
先進国の社会的な機能不全というのは、
最近の日本の様子を見て、
一番私なんかも肌で感じているところです。

日本の人は、
もしかしたら私の家族の周りにいる人たちだけなのかも知れませんが、
会ってみるとなかなかどうして、
みんな知的ですし、まともですし、きちんとしてますし、
悩んで苦しんで、それでも人と共生しようと努力している、
良い人たちがとても多いのです。
311前と比べると、
人間らしい顔の人たちが激増中で、
私は帰る直前の金曜日に、
国会前のデモを見物して帰りましたが、
あの場にバラバラと集まって来ていた様々な人たち、
年齢も階層も実に混成した、
たった一人でも駆けつけた人たちの中にいると、
なんとなく気が休まりました。
もし私が日本にいる頃に世の中がこんなだったら、
私は日本の中でもう少し共鳴できる人を見つけられたかもしれません。

そうはいっても、
では今の日本はどうか、と聞かれたら、
「劣化国家」そのものなのです。
中にいる人間と、
中央にいる人間の意識の差が激しく、
1パーセントの『持てる人間』の持たざる者への収奪が、
これほど露骨でしかもやりたい放題なのは、
どこかで何かが間違っているからなのだろうと思うのです。

私はただその構図が、
貧乏人vs金持ちとか、
派遣vs経団連とかっていう感じなのかな、と思っていたわけですが、
ニーアル・ファーガソン氏の言うところの問題点は、
現世代だけの問題でなく、
現在の世代が今あるものを浪費しまくっていて、
そのツケをまだ小さな子供とか、生まれてもいない赤ん坊に先送りしている、
それができてしまう社会的な欠陥にあると言うのです。
つまり収奪は、現世代が未来の世代に対して行っており、
それが一番の問題だというのです。

今そこまで読んだところなのですが、
電子書籍の144ページには、
エドマンド・パーク氏の『フランス革命の省察』という本の中の一節が引用されていて、
私は感銘を受けました。

共和国と法を聖別するための第一に重要な原則のひとつは、
共和国と法の一時的な所有者であり、この世に生を借りた存在でしかない者たちが、
祖先から受け取ったものや、子孫に支払うべきものを気にとめもせず、
あたかも自分たちがすべてを所有するかのようにふるまってはならないというものだ。
また社会の元々の構造全体を意のままに破壊することで、
自分たちが受け継いだものの相続権を破棄したり、浪費したりする権利が自らにあると考えてはならない。
これから生まれ来る者たちに、
住居でなく廃墟を遺し、
自分たちが祖先の諸制度をほとんど尊重しなかったのと同じように、
後継者に自分たちの生みだした機構も尊重する必要がないと教えることになってしまう。
・・・・社会とはまさしく契約である…国家は…いま生きている者たちの間の協働事業であるというだけでなく、
生きている者たちと亡くなった者たち、これから生まれ来る者たちの間の協働事業でもあるのだ。


(行替えは私がしました)

そうなんですよねえ。
若い頃はぴんと来ませんでしたけど、
今のこの世の中は、
現在の五十代、六十代、七十代の人間がつくってきた世界で、
ああそうか、その人たちが世の中をその世代だけで食いつぶして、
子供に食いカス(放射能)と可能性が空っぽの世界を残したのだなあと、
しみじみ。
まあ東京オリンピックが最後の花火かもしれませんけどね。
ただ、それをどこまで先人が意識的にやってきたのだか、
おそらく先進諸国の社会システムの欠陥というのは、
それを自覚させずにどんどん膨張させてしまったことなのだろうと、
いうことですが・・・・

「劣化国家」、
ちょっと文章が難解で、
あんまり分からないところも一杯ありますが、
今現在私が世界の中で位置確認をするうえで、
アクチュアルだなあと思います。
まだ読み終わっていませんが、
あと何日かは楽しめそう。




プロフィール

Kachika

Author:Kachika
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
102336位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
27391位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。