オランダでも反日デモ

昨日、
反日デモとは、
中国から一歩も出たことのない人間が、
中国内を荒らしまわって、
自国の人間の利益を損ねているだけだと書いたわけですけど。
今日こんなお知らせを見てしまいました。

オランダ日本大使館からのお知らせ

今週水曜日(19日)、在オランダ日本国大使館へ、最近の尖閣諸島を巡る情勢等から、中国系住民による日本に対する抗議活動に係わる反日デモが予定されています。今回のデモは、午前11時ハーグセントラル駅に集合し、その後、日本大使館までのデモ行進と大使館に対する抗議活動が予定されています。

当日、大使館へ旅券の発給、証明書等の手続きを予定されている方は、今回のデモに巻き込まれることが予想されますので、19日(水曜日)の申請を控えていただますようお願いします。

なお、当日はアムステルフェーン囲碁会館で領事出張サービスの受付を行っております。証明書の申請等は、こちらを利用下さい。

また、中国系住民による日本の在外公館に対する抗議活動及び反日デモが散発的に発生しています。デモに遭遇された方は、実際に集会やデモ行進が行われている現場には近づいたりせず、速やかにその場を離れる等、自らの安全確保に努めてください。


オランダでもデモやってたわ(爆)

いやー、こりゃまた、嫌われたもんですな。
オランダに住んでるんだから、
尖閣諸島関係ないのに(笑)
どんだけーーー!
これはもしかしたら、
世界中の様々な国で反日デモが大なり小なり展開されてますよ。

やっぱり資源てすごいのね。
潜在的な金をめぐって、
その金に明らかに関係のない人まで、
こんなに興奮するなんてね。
まあ、損とか得とか、
そんな話でもないんでしょうね。
要するに、嫌われちゃってる。
中国は日本に怒りを爆発させるきっかけを探してた。
そんな事だと思います。

それにしても、尖閣諸島を手放すと、
どれほど損なのだろう。
これまで、日本政府はどれだけの利益を尖閣からあげていたんだろう。

中国はそれでは、どうなんだろう。
あんなに巨大なのに、まだ資源がいるんだろうか。

尖閣諸島の歴史とやらを、
私も一応調べてみましたけれど、
すぐにイヤになりました。
どっちが先だ、
ここに資料がある、
いや、その資料はこうも読める・・・
ポイントが細かすぎてね。
面倒くさいですよ。
本当に紙一重の差で、
どっちのものであってもおかしくないということだけ理解できました。

結局、最近になって地下資源が豊富にあるかも、
ということがわかるまでは、
誰も興味がなかったんですよね。
原発もそうですけど、
「巨額の金」という怪物が絡むと、
人間は怖いですね。
なめられちゃいけない、とか、
これで譲歩すればつけこまれる、とか、
色々言われていますけど、
要するに金ですもんね。

まあ、私は尖閣がどっちに行ってもいいです。
オランダは九州くらいしか国土がなくて、
人口も少ないし資源もないし、
でも日本人よりよほど豊かな生き方ができています。
つまり、尖閣諸島なんかなくても、
教育と文化と社会システムがあればやっていけると思うのです。
尖閣諸島ゾーンの海底に眠る資源がどれほどのものか知らないけれど、
どっちのものになったって、
どうせ資源がある事がわかればバリバリ開発して、
汚染しちゃうんでしょ?
根こそぎ使い切って、カスカスにしちゃうんでしょ?
最初からない方がいいくらいですよ。
期待しないのが一番。

私は愛国心というものにアレルギーがあるので、
日本人であれ、中国人であれ、
外国人を批判して鬱憤を晴らす人々が嫌いです。
だから今回の反日デモは、
やっぱりどこか違うんじゃないかと思うけれども、
竹島の場合はあれだけ実効支配はおかしいと騒いで、
尖閣諸島の場合は実効支配だという、
日本側のダブルスタンダードもどうかと思いますしね。
竹島を国際司法裁判所に持っていきたいんだったら、
尖閣諸島も千島も、
同時に持っていくべきですよ。
中国側の主張にも、
だから、理解できるところはあるというか・・・。

ああー、でも、本当にイヤな話ですね。
本当に憂鬱になりますよ。
いや、私はね、頑張ります。
中国人がやたらと多いこのロッテルダムで、
一人でも多くの中国人と友達になって、
私の知り合いの中国人が「日本鬼子」と唱和するのをちょっとためらっちゃうような、
そんな感じの友達になります。
昔、私はロシアで韓国人の友達がいて、
その友達が本当に好きだったのです。
だから、反韓流デモが日本で起こった時に、
その友達のために、本当に心が痛かったのですよ。
その友達を通じて、韓国が嫌いじゃなかったものですから。
今度は私が日本のために、「実はけっこういい奴」になろうと思います。

・・・いや、もう嫌われちゃってるから無理かもしれないけどね。
ああー、へこむなあ。
こっちで私は知り合いの中国人が何人かいるんですけど、
彼らは私の事、どう思っているんだろう。
私は彼らの事、どう思っているんだろう。
両方とも、別に、「良い人だ」と思っていると思うんですけどねえ。


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中国の反日運動

尖閣諸島をめぐって、
中国各地で反日デモが火を噴いているそうです。
五十都市以上でデモが起こり、
日本料理屋や日本関係のお店が襲われ、略奪されているとか。

まあ、日本でやっている訳ではないからね。
日本人のけが人は今のところ報告されていない、
とすると、
殴られたり襲われたり、やりあっているのは、
中国人同士なのだろうと思います。
愛国の面をかぶって、
自分の個人的な日頃の鬱憤を晴らそうとしている人が、
自国の利益を損ねているだけの事だと思います。
中国から一歩も出たことのない人たちが、
中国で暴れて、
中国の空気を荒ませている。

まあね、一言で言えば、
「バカ」ですよ。
愛国を持ち出して暴れる人間に賢い人間は一人もいない、
というのが、
一貫した私の意見です。

尖閣諸島の問題、竹島の問題、千島の問題について、
正義とは何かと自分に問うてみるのですが、
やっぱりよくわかりません。
日本のウィキペディアを読めば日本が正しいように思えますが、
でも、多分中国・韓国・ロシア版のウィキを読めば、
向こうが正しいように思えるんだと思いますしね。
納得できるだけの証拠や文献を集めて、
自分なりの検証をするほどの根気もありませんし、
そこまでの興味は、
私としては持っていないのです。
だって尖閣も竹島も千島も、
見たことないもの。
そこからあがる収益って、私に関係あるのかしら。
おそらくないですよ。
だから興味もないのです。

私がこの反日デモから思うのはただひとつ、
「嫌われたもんだなあ」
ということだけです。

日本は「嫌われている」というのことの意味について、
やはりよく考えないといけないと思います。
「嫌われている」っていう形のないものが、
尖閣なんていう形のあるものより、
よっぽど国益を損なうんだっていうことをね。
それに、きっかけは尖閣諸島かもしれませんが、
絶対にそれだけじゃないと思いますしね。

六歳の子供の家庭教師を頼まれて、
彼女に関わるようになってから、
私は色々なことを考えるようになりました。
子供は大人ほど楽じゃありませんからね。

最初、私は彼女の親御さんから、
「結構人を見て、試すような狡い所があるので、
 厳しくやってください」
と言われていたのです。
だから私はなめられてはいけない、
躾なくてはいけないと思って、
厳しくしていました。
一言命じたら、すぐに従うように、
服従の師弟関係をつくらなくてはいけない、と、
そんな風に思ったのですよね。
ま、夢物語でしたけどね。

大体子供なんか育てたこともなくて、
親しく話したこともない人間が、
週に一度だけ現れていきなり子供に命令したって、
子供にしてみれば、「だれ、こいつ?」ですよ。
強く言っても聞かないし、
睨みつけても睨み返してくるし、
「帰る!」と言っても「帰れ!」と言われるし、
どうにもこうにもね。
そのうち私はストレスで疲れてしまったので、
もういいやと思ったのです。

大体私は、そんな他人に厳しく出来るほどの人間でもないし、
人間的な資質という点で言えば、
その六歳の子供よりだいぶ劣っているのですよ。
そう、その六歳、出会った頃は五つでしたが、
彼女は私よりずっと狡い所がなかったし、
人のせいにしたり、強い者に媚びたり、
そういうところが一切ありませんでしたからね。
おまけに美人で筋肉もりもりで、
五歳ですでに逆立ちができるみたいな、
ライオンみたいな女の子だったわけです。

でね、そのライオンみたいな女の子に、
私風情が何を言うかと、思ったのですよね。
途中から。
で、私は方向転換をしました。
とにかく好かれようと思ったのです。

そこからはもう、
36年間の人生の知恵を集結させて、
どうにか好かれるために、
6歳児の前に這いつくばりましたよ。
いや、這いつくばりはしなかったけれども、
手を変え、品を変え、
ずっと冗談を言ったり、抱きしめたり、褒めちぎったり、
努力をしたのです。

その時には、授業の2時間がスムーズになればいいなっていう、
対決シーンが減ればいいなっていう、
それだけのつもりでしたが、
そのうち、子供が本当に私の事を好きになり始めたんですよね。
私が来ると、走って迎えに来るようになって、
私が帰る時間になると、
帰るってくれるなと、むずかるようになったのです。

子供って不思議で、
好きになると何でもしてくれるんですよ。
本当は本なんか全然読みたくないのに、
お願いすれば我慢してつきあってくれるのです。
本当は字なんか全然書きたくないのに、
頼めば何とか頑張ってくれるのです。
今までは「いやだ、やりたくない」ってそればっかり言ってたのに。

まあ、私は相変わらず機嫌を取って這いつくばっていますけれどもね、
それでこの子供がワガママになって私を侮っているかというと、
そんなことはなくてね。
むしろ最初よりずっと言う事を聞いてくれるし、
私の気持ちを尊重してくれているなと、感じています。
子供のほうでも、私に嫌われたくないのです。
良い顔を見せたいと、やっぱり思っているのですよ。
それで最近、私はこの子が、
本当にちょっと好きになりかけています。

好きでもままならない人間というのは、
実に様々なテーマをくれます。
私は授業を終わって家に帰る道のりで、
とても沢山のことを考えるのです。
どうしてあの子はあんな風にしたんだろうとか、
私はあれで良かったのだろうかとか、
こんな風に言えば良かった、
ああするべきだった、
こうするべきだった、
と、ずっと考えるのです。
そのことは多分、
子供にとってよりも、
私自身の実になる事なのだと思います。

好意とか、
嫌われたくないっていう気持ちは、
不可能を可能にするのです。
対人関係の場合は、
お互いが好きになる努力をしているっていうのが、
本当に大切だと思います。

国と国でも同じです。
ルールなんかいくらでも無視できるし、
力づくで来たって、いくらでも抵抗できる。
わからないような嫌がらせも、
意味のない拒絶も、
傷つけるための非礼も、
キライだったらいくらでもできます。
大嫌いだったら、品性をかなぐり捨ててでもやりますよ。
反対にそうやってくる相手を振り払ったり、
いう事を聞かせたり、
同じレベルで殴り返したりするのは、
やっぱりこれも大変なエネルギーであり、
大変なストレスです。
でも、好きだったら、そんなこと最初からやらないのです。

好かれる努力をすべきではないか?
と私は思います。
這いつくばってでもね。
国としての面子とか、どうでもいいから。
大体、面子とは向こうが尊重してくれるものであって、
向こうが尊重してくれなければ、
こちらの面子なんて潰れっぱなし、
それにたいして打てる手なんてありませんよ。
怒鳴っても殴っても、
侮辱の前には無力です。
最初から侮辱されないのが一番。

だって、日本企業や日本料理屋が襲撃されて、
それにたいして実力行使で制圧できるほどの実力を、
日本は持っていないでしょう。
アメリカとイラクみたいな圧倒的な力の差を、
日本は中国に対して持ってないでしょう。

核爆弾持ったって、
自衛隊が合法化されたって、
軍事費が倍になったって駄目ですよ。
いざ向こうの人たちが怒り始めて、
本当に日本が大嫌いになったら、
損でも得でもなくて、
ただもうガムシャラに日本を潰そうと思い始めたら、
日本なんて出来ることは何もありません。
アメリカが守ってくれるなんて言うのは、
幻想ですしね。

私は本当に、不思議なんですよ。
石原慎太郎は何のつもりだったのかなって。
彼はこの反日デモを、
この敵意というものを、どう収拾するつもりなんだろう?
「戦争すればいい」?
「勝てますよ」?

戦争って、設備があれば勝てるんですかね。
金があれば、勝てるんですかね。
戦後からこれまで、
まったく兵士というものを育ててこないで、
軍隊組織すら非常にゆがめられた不自然なものしかない国でも、
最新式の飛行機があれば、勝てるんですかねえ。
まあ、私にはそういう事はわからないんですが、
勝てそうにないなって思っちゃうんですよね。

これから日本は、経済的には衰退の道をたどると思います。
国内に山積する問題の数々を解決している間に、
徐々に弱っていくだろうと思います。
その弱った状態を狙って、
様々な国の食い物になってもおかしくない。
そんな時に、
国際社会の中で孤立していない事、
手を差し伸べ、かばってくれる国があることは、
とても大切なことだと思います。
それよりなにより、
「今が殴り時だ」と思われない事が、
一番大切だと、思うのですが・・・。

好きになってもらうことの第一歩は、
自分が好きになることです。
相手を理解しようとすること、
相手の立場でものを考えようとすることだと思います。
今こそ、中国を好きになる道を、
探さなければならない時だと、私は思います。




対立とは何か、理解とは何か、歩み寄りとは何か

私はロシア人と日本人のハーフの子供の家庭教師をやっています。
最近、彼女は6歳になりました。
進歩が著しいというか、
このくらいの子供ってぐんぐん大きくなるし、
知恵もついてきて、
最初の頃の動物的な感じからだいぶ人間に近くなってきました。
もうちょっとすれば、色々なことが話せるようになりそうです。
最初の頃は縄張り争い的なケンカばかりしていた私たちですが、
最近は仲良いんですよ。
お互いにちょっとづつ、好きになりかけている訳です。

そうは言ってもね、
今日はまた軽い喧嘩をしました。

きっかけはね、
緑色の、カエルの形をしたグミです。

私の授業の時間は2時間ですが、
その時間は基本的に、おやつを食べない事になっています。
一度子供がガムをずっとクチャクチャ噛んでいたことがあって、
ちょっと不愉快だったものですから、
それ以来禁止にしている訳です。
親御さんもその時にかなり厳しく言ったみたいで、
子供のほうでもガムやお菓子をおおっぴらに授業中に食べることはなくなりました。

ところが今日、
なんかのはずみに子供がお菓子の入ったボールを近くに持って来たのです。
本来なら持ってきた時に元の場所に戻させるべきだったのですが、
その時ちょうど和気あいあいとした雰囲気だったので、
あんまり口うるさい事も言いたくなくてね。
NOと言えない日本人根性を前面に押し出してしまったわけです。

それから本を読んだわけですが、
今日は子供にもちょっと文章の一部を読んでもらいました。
彼女は、最近文字離れが進んでいるのです。
以前はすいすいと読めていた文章が、
読めなくなっているのですよ。
文字の連なりがまったくの無意味に感じられるらしくて、
すごく苦労しながら、
クネクネ、ギクシャクと読んでいくのです。
つっかえたり、読み違えたり。
文章が意味として頭に入って来るまで、
慣れてもらうしかないのかなと思うのですけど、
もう全然面白くなさそうでね、
見ていて可哀そうになります。

で、じゃあもう1ページだけ読んでみようか、
と言ったら、
やっぱりね。
「いや!」
という訳です。
「絶対イヤ!」

まあね、聞いている方だって全然面白くないからね。
読んでいる方はもっとつまらないでしょうよね。
気持ちわかり過ぎるなって思いながら、
私は交渉に入りました。
彼女が持ってきたボールの中から、
緑色のカエルのグミが入った小袋を取り出して、

「じゃあさ。
 この1ページをうまく読めたら、
 カエルを一個食べて良し。

 どう?」

すると子供はぱあっとテンションをあげましてね、
やにわに本を取り上げると、

「そっこ・・・で、ワ、ニールさんはっ、
 ・・・い、い、ました。」

なんて感じで、随分時間をかけて、
一生懸命読み終えたわけです。
すごく頑張ってね。
えらかったんですよ。

「よくやった!
 あんたを誇りに思う!」

私はそう言って、カエルを一個あげました。
ちなみに彼女の両親はインテリで教育熱心でちゃんとした人たちですから、
普段から子供を報酬で釣って何かをさせる、
ということを一切してないみたいですね。
子供の釣られ方が半端なく安易でしたよ。

で、しばらくそんな感じで、
1ページ読ませては、
カエル一個、
1ページ読ませては、
カエル一個、
とやっていた訳ですが、
まあ、そのうち子供の頭脳に限界がきまして、
「ああ、もうこんなのやってられないぜ!!!」
みたいな感じで、
絨毯の上をゴロゴロ転がりだした訳です。
うまい具合に私の頭脳にも限界が来ていたので、
私も一緒に絨毯の上をゴロゴロ転がって、
「ああ、やってられないねえ」
と叫んだわけですが。
すると向こうはキャアキャア笑って、
「やってられなーい」なんて言うのです。
まあ、この時点では私たち、大変友好的だったのですよ。

で、今度は遊びにシフトチェンジしまして、
一緒にならんで、すごろくを始めたのですが。

その時にね、子供が勝手にカエルを食べるのです。
次から次へと。
隣にいるものですから、
化学的に加味されたメロンの匂いがきつくてね。
クチャクチャ噛んでいる音にもイライラしてきて、
私は小袋を子供の手から取り上げました。

「さ、カエルはもう終わりよ」

ところが、子供にとってそれは大変心外なことだったようです。

「あっ。返して。返して!!

大声を出しましてね、
私の手からひったくって、
もう一個大急ぎで口に放り込むのです。
そして、ニヤニヤしながら私を見るのです。
まったくもってゴロツキのやり口ですよ。

だから私は断固として、

「もうカエルはおしまい。
 こっちに頂戴。」

と手を出しました。
でも、私は普段から全然威厳がないもんですから、
子供には私にたいする服従心というものが全然育っていなくてね、
後ろ手に隠して、カエルを渡さないのです。
こう着状態とはこの事でしたね。
両者にらみ合い。

私の頭のなかの産経新聞的な部分は、

「なめられてはダメだ!
 大人の意地を見せろ!
 力ずくで行け!

と言う訳です。

でも、私の頭の中の朝日新聞的な部分は、

「いや、武力行使はだめだ。
 泣かれるとまずい。」

と言う訳です。

そして東京新聞的な部分はね、

「それどころじゃない。
 すべてはまず原発を停止させてからだ」

というのです。

私は考えて、考えて、考えましてね・・・
ついに言いましたよ。

「めんどうくさい。」

この面倒くさい、というのは、私の弟がよく言ったんですよね。
投げ捨てるように。
昔、私が弟をからかって、しつこかったりすると、
ああ、もう、めんどうくさい。って。
そう言われると私は、
ハッとしたものです。

で、私が投げ捨てるようにそう言ったら、
彼女もやっぱりハッとしたような顔になりました。

「め・・・めんどうくさいって、?」
そっちか!

でも、私はめげずに言いました。

「めんどうくさいって言うのは、
 何度言っても言う事を聞かない子供の事だよ。
 めんどうくさいよ、本当に。
 いやになるよ。
 私は叩いたり、怒鳴ったり、そういうのはいやなの。
 無理やり取り上げたりするの、キライなの。
 でもそうしないと、言う事聞いてくれないんでしょ?
 あーあ、面倒くさいんですけど。

できるだけ尖った言い方でね。
そうすると子供はね、
困ったような顔になって言いました。

「だって、だって・・・
 わたしは、ね。
 遊びたいだけなんだよ」

「遊ぶのがダメなんて言ってやしない。
 カエルがダメだって言ってるの!
 一度言ってわからない子供なんてダメだよ!
 せっかく楽しかったのにさ、
 せっかく二人で笑って楽しかったのに、
 ほら、そんな風にイヤな事するから、台ナシじゃんか?
 どうなのよ?」

私は大人げなく言い募りましたよ。
すると子供はどう言っていいかわからないように、
でも結構頑固そうな顔で、
もう一個カエルを口に放り込みました。
絶対やめないつもりです。

で、私はそれを見てね、
さあ、じゃあ、本気で怒るぞ、
と思った訳です。
そして口を開きかけた瞬間、
背後でドアがガチャっと開きまして、
母親が部屋の中に入ってきました。

「・・・まあ、今日のところはもういい。」

私はそう言いました。
てへ。

帰り道、
電車に乗って家へ向かう途中で、
「あんな解決で良かったのかな」と、
ふと思いました。

いや、「面倒くさい」は良いんですよ。
子供は大人になっていく過程で、
面倒くささを極力排除していかなくちゃいけないと、
私は思います。
私が一番嫌いなのは面倒くさい人間ですから。

途中でやめたのも仕方ないのです。
母親は厳しい人だから、
子供が授業中にカエルを食べて、やめろと言ったのにやめなかった、
みたいな事が起こると、
凄まじい叱り方をするのですよ。
それは必要なことで、おかげで子供は結構まともですけど、
私はどうも苦手でね。
見たくないのですよ、六歳が叱り飛ばされる姿とか。

でもやっぱり、私が選んだのは、
あんまり良い解決法じゃなかったし、
論理的でもなかったな。

言っても、彼女はね、
そんなに理の通じない人ではないのです。
例えば、
私が日本語の文を読ませようとすると、
彼女は面倒くさいから、
「やりたくないの。」と言うのですが、
でも私が、
「でもね、私は君がこういうの、
 すらすら読めればなあって、夢見てるの。」
とか適当な事を言うと、
「わかった。」
と雄々しく言って、ちゃんとトライする子なのです。
納得すれば、飲むのです。

つまりね、彼女が妙に反抗的な時というのは、
何かしら納得できない事があって、
それを自分ではちゃんと説明できなくて、
こっちがそれを汲み取ってやれてない時が多いんですよね。

「でもね、私は遊びたかっただけなんだよ」
という返事、
あまりにもアブストラクトじゃありませんか?
これは多分、何か言い返したかったけど言えなかったので、
言えることを言った、
ということだと思うのです。

ふと思ったのが、
おそらく彼女のテーマは、

「どうしてさっきは食べても良かったのに、
 今はいけないの?」

という事じゃなかったかと。
そう、先に原則を曲げたのは私です。
だから彼女は、

「こいつ、自分の気持ちひとつで勝手に私を弄んでいるな」

と感じたのかもしれません。
だからその時私が言うべきだったことは、

「授業中はカエルはダメだけど、
 さっきは偉かったから食べていいことにしたの。
 だから、もう1ページ読んだら、
 カエルを一個食べてもいいよ。
 でも読みたくなかったら、こっちへカエルを寄越しなさい。
 はたらかざるもの、食うべからず。」

これがすっきりした論理というものだったかも。
私もすっきり、
子供もすっきり。

バカの後知恵というけれど、
いつも後から、こうすれば良かったと、思うんですよね。

で、そこからふとまた思ったのですけど、
竹島問題とか、尖閣諸島問題とか、
今日本は領土問題で他国と揉めてますけど、
あのままのやり方じゃ結局ダメなんじゃないでしょうかね。

36歳の大人が、6歳の子供相手に、
カエル一個もぎとれないのがこの世界ですよ。
お互い本能的に対峙していたのでは、
「カエルが食いてえ」
「カエルはくせえ」
の醜いこう着状態が続くだけ。

だけど一枚皮をめくってみれば、
そこにはルールと例外についての問題があるし、
お互いそこで筋を通したいことには変わりがないのです。

背後の理由が見えれば、
彼女は単なるワガママな子供じゃないし、
私は気まぐれで権力を振りかざしたわけじゃない。

子供の幼さと言葉の足りなさ、
私の人間としての未熟さと頭の足りなさが、
問題を見えにくくしたとしても、
やっぱり相手の立場に立って、
相手の論理をよくよく考えてみることで、
お互いにとって納得のいく、平和的な落とし所が見えてくるのではないか、
と思うのです。

逆にそれなしでは、
6歳の子供からカエルのグミを奪い取ることに、
物凄い負のエネルギーを消費しなければならないのが、
この世界なのです。
ましてや島なんてね。
カエル何個ぶんよ。
って話ですよ。

プロフィール

Kachika

Author:Kachika
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