死のない世界

私は最近、劇団ひとりのコントが面白くて、

わりとYouTubeなんかで探してみているわけです。

いや、特に笑えないんですけどね。


最初に偶然、305室 青木  というコント(?)を観てから、

かなり興味が湧いてきまして、

そのままアップされていた動画を全部観てしまいましたよ。

「305号室 青木」はいやな感じのコントで、

まあ是非観ていただければいいと思うのですけど、

死にかけている人が手品をやるのです。

で、途中で「死」と書かれた紙を封筒に入れて、

出てくると「生」という字になって出てくる、というシーンがあるのですが、

私はそこで感心して、思わずうなってしまいましたよ。

あの、空の青さと、劇団ひとり演ずる青木の笑顔の痛々しさと、

人間の極限状態のポジティブさを笑うニヒリズムとね。

若くて才能のある人間の残酷なユーモアというか。

画面に出てくる人間は劇団ひとりだけなのですが、

動画を観ている自分の背後に、

青木をポジティブにさせている看護婦さんやお医者さんなどの、

生ぬるい笑顔さえ感じることが出来て、

もう非常にリアリスティックなのです。いろいろなことが。

なんとも絶妙な目のつけどころだと思いました。


まあこのコントで唯一残念なのは、

笑えない

ということでしょうね。

もうこの青木さんが、リアルで痛々しくて、全然笑えないわけです。

ただ、チャップリンの昔から、喜劇と悲劇は紙一重なわけで、

たとえばこの青木さんが亡くなるときの場面なんて想像してしまうと、

(実際もう死ぬんだろうなーという感じだし)、

笑うのが怖くなるような感じでね。

でも、そういう意味で、共感はあるわけで、

ちょっと方向を変えればドラマになる感じ、悲劇にも喜劇にもつながるような物語性は、

やっぱりたいしたものだと思うのです。

お笑い芸人の枠におさまらない質の想像力だと思います。

劇団ひとりさんの小説って読んだことないのですけど、

売れているって事は、

やっぱりどこかこの人に文学的な本質があるってことなんでしょうねえ。

まあただ、劇団ひとりが棟方 志功の役をやっているドラマを途中まで見ましたが、

そのやり口を見て、

劇団ひとりって才気はあるけど教養なし系統かなと思ったり。

棟方志功の人間としてちょっとキモい部分は超リアルに再現させていましたが、

芸術家としての壮絶な天才的な部分は今ひとつふたつみっつくらいだった気がしました。

おそらくつまらない人生を生きている、日のあたらない人間にスポットライトをあてて、

リアルに演じて笑い=共感を引き出すのは得意だけれども、

逆にその同じ人間が持っている高みとか、神様みたいなところは、

知らないし信じてもいないのかな。

人間としての凄み抜きでは棟方志功がただのバカに見えちゃって残念。

途中でつまらなくて観るのをやめちゃったので、

後半はもしかしたら良いのかも知れないんですけどね。


まあそんな事はどうでもいいのですけど。

そうそう、何が言いたかったのかというと、

そんな感じで劇団ひとりの動画をあさっていたところ、

こんな動画にたどり着きました。


芸能かがく部



これね、万能細胞っていう、人間の身体のどの部分にもなれるという細胞が発見されたらしい

というテーマを劇団ひとりが紹介しているのですが。 


なんか、色々な空想がどっと沸いてきてしまいました。

これで万能細胞が実用化されて、自分の細胞からたとえば肝臓とか腎臓とかつくれるとしたら、

すごいことですよね。


医療系のドラマをみて、いつもつくづく思うことは、

外科医っていうのは精密機械の修理工みたいなものだなということです。

人間の身体って、それこそ精密機械ですよね。

ただこの精密機械はパーツ交換が難しいし、

ダメになったら捨てちゃえばいいってものではないので、

人間相手の修理工には非常に高度な知識と技術が要求されるわけです。


でももし、この万能細胞が実際に使われるようになって、

あと100年くらい経ったら、

壊れた冷蔵庫とかと同じように、

「あー、これだったら、だましだましいくよりも、新品に交換しちゃったほうが安いですよ」

みたいな話になっていくのかな。

最初こそ、肝臓だけとか、心臓だけとか、パーツだけをつくっていても、

あとになって技術が発達して、

一般に普及してコストが安くなってきたら、

もう身体全体を取り替えてしまいましょう、みたいな。


培養技術だけはものすごく進歩して、

たとえば今MDプレイヤーが壊れたって、

普通のところに持っていっても「直せません」と言われちゃうことがほとんどだけど、

外科医なんかの腕もどんどん下がって、

「これもう手術できないので、万能細胞で全とっかえなさったほうがお得ですよ」みたいになったり。

「どうせだったら20歳くらいの身体をつくりましょうか?」みたいな!

わおー、SFですね。

そういう感じでお直しがありだったら、

マイケル・ジャクソンは今みたいに苦しまなくてすみますね。

整形が失敗しても、

万能細胞でもとの顔を再生させればいいわけですもの。


12歳くらいの自分の身体に、脳みそだけ移植して人生をやり直すとか。

究極のアンチエイジングですよねー

もう誰がいつの時代の人やら、わからない世界が出現するわけです。


そして、脳みそが年をとって、外見が12歳くらいなのに脳だけ萎縮してきてしまったら、

今度はまた脳みそを万能細胞でつくって、その身体に脳だけを移植するわけです。

そして永久に繰り返される同世代だけの人生。

少子化とか、まったく怖くないですね。

むしろ子供もう要らないくらいの勢いですよね。

人類寿命1000年神話の始まりです。


でもそんな世界、ちょっと怖いけど。






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死の闇

おおーすごい、

またランキングが6500位とかになってる!

たったの二日で、2500位落ち?

やっぱり死のパワーはすごいぜ!


でも6500位っていうことは、

上に6500人いるということですし、

総合ランキングでいうと37万2628位ということで、

上に37万人のブログがあるということですよね?

どう考えてもアメブロのスタッフが私のブログを読んでいるとは思えないんですよねー


やっぱりこれは、自動的にふるいにかけられる、

不穏語フィルターみたいなのがあると考えていいんじゃないかしら。

あ、これ名推理かも!


アメブロフィルターは非常に世界観がポジティブで、

お前のネガティブな側面はなるべく出すなよって感じなのかもしれません。

これは言ってみれば、

読者とブログ作成者の、どちらをも守っている仕組みなのかもしれませんね。

アメブロから、読者が悪い影響を受けませんように

またその不穏なブログを受けて、作者のブログが炎上しませんように。

そういう願いがこもっているのかもしれません。


あ、それともフィルターはアメブロじゃないのかも!

グーグルとか?

人気のあるところだけ内容をチェックして、

ないところは自動的に言葉だけで検閲して、

検索してもひっかからないようにしているとか。


いやー、ミステリアスだなあ。

どうなっているんだろう。

どういう仕組みなんだろう。


ハルムスが、「男は家から出ていった」という詩を書いた後、

それが当局の思想犯の違法逮捕・拘留・処刑をあてこすっているんじゃないかと疑われ、

しばらく仕事を干されて餓死寸前までいっているのです。

あ、私だから、ちょっと今ハルムスっぽいってことかなあ。

小さなハルムスみたいな(笑)









死のパワー

世の中にブログを書いている人が、どのくらいいるかって、

今やもう無限大にいるんだろうなと思うわけなのです。

このブログはアメーバブログを使っているわけですが、

下の、横手のほうに、アメブロランキングという欄があって、

自分のブログはアメブロを使ってブログを書いている人のなかで何番目に読まれているか

みたいなことがわかるようになっています。


ブローグニックはいつもジャンルランキングで3000位~4000位の間くらい、

総合ランキングでは数え切れないほど後ろのほうをウロウロしています。

まあ、興味はないんですけどね。

なんかでも、見ちゃうんですよねー


ところで私は一昨日、自分の死生観について、

主に死ぬことについてつらつらと書いたのです。

まああまり人が来ないブログで、

ぶっちゃけ誰も来ないくらいの勢いなので、

なんでも正直に思ったとおり書いたわけですけど。

そうしたらね。

なんと昨日、突然、

ランキングが1000くらい落ちているのです。

いや、もっと落ちているのです。

総合ランキングで言えば、

最初から見ていないのでわかりませんけど、

もう数え切れないくらい落ちているのは確かです。

こんなに急落したのは初めてですよ。


やっぱり死のパワーはすごいわ。

どうやって一日でこれだけ人が来なくなったのか、

どうして人々はここにある不愉快な記事を避けることが出来たのか。

無意識に人々が死の闇を感じて、それが人々を遠ざけたのでしょうか。

とくかく一日でこれだけランキング順位を落とすってすごいですよ。

私の場合は4000位が5000位になっただけなので、

別にそれほどすごい感じはしませんが、

これ仮に、一位が1000位になったと考えてみてください。

すごい話ですよね?

マラソンでも、一位は表彰台で賞金もらえますけど、

1000位だと参加賞ですもんね?

賞品は記念のバッジとか、ひどい場合は参加費払うだけみたいな。


やっぱりタブーには触れちゃいけないのね。

アメブロのスタッフが

神様がちゃんと見ていて、

不穏な話題のブログには人々の波が寄せないようにしてあるみたいです。

もしかして「ブローグニック」っていまググってみても検索できなかったりしてね!


これ、このまま不穏な話題ばかりを続けていったら、

ランキングはどのくらい下がってゆくのかな?

ちょっと実験してみましょうか?

なんかちょっと興味ありますよね。

まあジャンルランキングで5000位とかいうと、

ほとんど影響力とかないと思うので、

ある程度下がればもう下がらないのか、

それともまだ下に5000人ぐらいはいますから、

無限に下がり続けるのか。


ブローグニックはこれから、あれですよ、

死のブログです。

死について語るブログになりますから、

皆さんどうぞ応援してね。

まあ、私意外にそういう話題に引き出しないんですけどね(爆)











死ぬのはそんなに悪いことか?

最近私は「コード・ブルー」というドラマを動画で見ました。

何か事故があったりすると、

ヘリやなんかでバババッと医者がかけつけて救う、というドラマなのですが。

主人公たちがフェローシップで来ているという設定で、

まだ若い美男美女ばかりであまり現実感も共感もなかったりするわけですが、

夕日の中ヘリに向かって走ったりするのは格好良かったです。


それにしてもこういう医療系のドラマって面白いですけど、

私としては「絶対に死なせない!」みたいなのが、時々ひっかかるのですよね。


年をとって醜くなるとか、病気になるとか、死ぬとか、

生きてれば普通のことなのに、

それが人間にとってあたかも大きな禍いであるかのような、

みんなが若くて健康で生きていなくちゃ意味ないみたいなトーンで、

それはちょっとどうなのだろう。


「死なないでーーーー」

とか老人に向かって絶叫したりね。

老人だもの、死にますよ。

事故にあって虫の息の人の横で、

「助けてください!助けて!この人を助けてええええ」と泣き叫んだりね。

たとえ人工的に生かしたとしても、そのあとどうするの。


そりゃ、死なないで済むなら、

死が人間にとって普通は起こらない不自然なことなのであれば、

誰かが死んだ時に泣き叫ぶのもありだし、延命治療もありです。

だけど実際は誰でも、100%、死ぬのです。

人魚でも食わない限りはね。

今これを書いている私も、いつかは死ぬわけで・・・・

それは不自然なことでも、不幸なことでもなんでもなく、

ご飯を食べたり眠ったりするのが人間の条件であれば、

死ぬのもやっぱり人間の条件です。


難病の子供が死んだり、まだ若くて自殺する子がいたりすることについても、

世間で言われているほどその子達の死が悪いことだと思えないのですよね。

むしろ生きている間に彼らが経験することになった耐え難い苦しみのほうが問題なわけで、

それを解決してやれないなら、身体だけ生かしておくことには何の意味もないと思うのです。


どうせ最終的に死ななくちゃいけないなら、

もっと死が楽しくて仕方ないみたいな、

むしろ待ち遠しいみたいな空気にならないかなあと思うのですけど。

食べることや眠ることと同じく、

人間が等しく共有する、最後の快感であればいいのに。

で、死ぬ時に、

あ!これか、これが皆が言ってたやつか、

ああ、確かに気持ちいいー・・・・・ 

という感じで死にたいです。

私は死の厳粛さとか、どうでもいいので。


現代の人間は迷信からは解放されましたけど、

その代わりに極楽浄土を失いましたね。

「死」という言葉を考えた時、

連想するのは苦痛とか涙とか不幸とか暗黒とか無とか、

まあ無はそれほど悪くないけど、

でもネガティブな言葉ばかり。

もっと人の死をしみじみと、

誕生と同じくらいのポジティブな感慨をもって受け入れられないものか、と

いつも考えてしまうのですよねー


「風のガーデン」というドラマもあって、

これも最近やっぱりインターネットの動画で見たのですけど、

さすが倉本 聰。

死というものを真正面から考えていて、真摯なドラマだと思いました。

これは中井貴一演ずるお医者さんが、自分に末期がんがあることを発見して、

疎遠になっていた実家に帰って死ぬまでの話なのです。

このドラマの中井貴一はすごく良かったです。ほどが良くて。

それはともかく、

人が死に至ってゆくプロセスを克明に描いた点で、

これはちょっと新しかったですねえ。

麻薬パッチとか、なんとかブロック(?)とか、

ああ、癌になったらこうやって痛みを和らげるのかあとか、

周囲の人の死の受け入れ方とか、色々考えさせられました。


ただ、ちょっとね。

「風のガーデン」で気になったのは、

見ているうちに、

あー楽に死ぬのは結構ハードル高いなあ

という気がしてしまったことです。


だって、末期がんになった主人公は、

優秀な麻酔科医なのです。

お父さんは故郷の訪問医。

その故郷は自然一杯の風のガーデンで、昔ながらの友達がそのままいっぱい住んでいるところ。

主人公は自分の担当した患者から、

医療器具が何もかも揃っている大きなキャンピングカーを譲り受けて(ただで)、

友人の医者からサポートを受け(自分が医者だから、ヤブじゃない人をちゃんと知っている)、

友人や家族に囲まれて、

治療方針も自分で決めて、何もかも限界までコントロールできる状態で死んでゆくのです。

いわば、死のエリートコースですよね。

こんなの、自分の死ぬ時の参考には、まったくなりませんよ。

あ、麻薬パッチはちょっといいなとか、なんとかブロックもいいなって思いましたけど。


だけど麻薬パッチはものすごく高いらしいから、

エリート医師と違ってそんなにバンバン使えないかもしれませんよね。

大体この人は、家族と絶縁して、子供も放棄しているから、

自分の金はみんな自分のもの。

元気な間に自分が医師として稼いだ高収入を、

ぜんぶ麻薬パッチにつぎ込んでも、誰も困らないのです。

私の場合はいまだにオランダ人のヒモをやっていますから、

いざとなった場合は私のオランダ人か、または親兄弟の誰かに依存するほかないわけです。

麻薬パッチ買ってとか、オランダであれば国家に頼めそうですけど、

これ日本で、普通に私と同じ立場の人はきついですよね。

痛み放題じゃありませんか?

都合してくれるような友達とか、

うちは一家の中に医者は一人もいないし、

株長者とか大富豪とか知り合いには見当たらないし、

したがって医療器具を完備したキャンピングカーを譲り受けることもない。

ていうかそもそも免許がないっ


私の場合、

多分癌だってことが判明した途端、寄ってたかって干渉を受けて、

家族は医者じゃないから右往左往、

自分も医者じゃないから心の中は恐怖と不安と医者への不信感でカオス、

おまけに大学病院で医者だか学生だか判然としない、

でもとりあえず金持ちの息子らしき人物を担当医にあてがわれて、

痛いし苦しいし、でも医者が必要だっていうから大手術を受けて、

更に痛くて苦しくなって、

医者がやったらどうですかっていうから抗がん剤も投与して、

更に厳しくなって髪も抜けてチューブにつながれて、

まったく他人の看護師に下の世話をされて、

安い病院だから手が行き届かなくてかぶれて、

その間中ああ、お金かかるなあ、そんなお金ないなあ、なんて苦しんで、

あまりの痛さにモルヒネ注射を待ちわびて、

今わの際には耳元で彼氏が

「死なないでくれえええええ」

と泣き叫ぶなか、

「ああ~、気が違いそう」

と思って死んでいくこともありえるわけです。

いや、ありえますよ。

実際いますよ、そういう風に死んでいく人。

むしろ沢山いますからね。


だから「風のガーデン」のあんな、本人が医者とか、反則ですよ。

医者の中でも、麻酔科医だもの。

どれだけ痛みのプロなんですか。

家族・友人・本人、ぜんぶ医者。愛人は看護婦。

サポート体制も医療器具も万全、自宅が医院で父親は医者だから、

入院しているのと同じ体制で支払いもいらない。

なにより本人に、何がどうなるか、あらかじめ全部わかっている状態。

死に至る地図を自分で描けるってすごく良いですよね。

だけどそれが出来る人がどれだけいるのって話ですよ。


やっぱり今だとまだ、

大半の人が死ぬ時に、

自分の望まない形で死を迎えざるを得ない羽目になっている。

そのことが死をものすごく気の進まないことにしているのではないかと思うのです。

大体私なんて、お金かかりそうってだけでちょっと暗くなっちゃう。

無料で死ねる方法ってないですかね?

路上でのたれ死ぬほかに。


考えてみれば、自殺というのも、

外聞さえ悪くなければ、そんなに悪い手じゃありませんよね。

どういう形で死ぬのであれ、

人間が死ぬ時にはいずれどこかの瞬間で、

生きることをあきらめるのだと思うのです。

「あきらめるなっ」とかってよくドラマにも出てきて、

そこであきらめなかった人間が賛美されるわけですけど、

いや、それはそれで良いですけどね、

その人だってその先百年と生きられるわけじゃない。

どこかであきらめる瞬間が来るわけです。

「あきらめるなっ」なんていうから、

永遠に生きてなきゃいけないみたいな、

死ぬことが敗北みたいな空気が生まれるけれども、

あきらめるなも何も、いつかは死ぬのが当たり前だし。

むしろ死は、せっかく最後なんだから、勝利っぽくさせてあげるのが本当じゃないかしら。


母は私の最愛の人ですが、

彼女もムシトカゲじゃない限り、やがて死ぬ時が来るでしょうし、

それを看取るのはいずれ私か兄弟たちかになるでしょう。

その時に、彼女に

「迷惑かけてごめんなさい・・・」とか思って欲しくないし、

痛い思いとか苦しい思いとか、こわい思いとか、悲しい思いとか、

なるべくして欲しくないですよね。

いまだと、もれなくどの死にも痛い・苦しい・悲しいはセットでついきて、

それがないのはよっぽどラッキーみたいな気がしちゃうけど、

あれはどうあっても避けられないのだろうか?

運でしか死に方を選べないのだろうか?


ちなみに私の母は今のところ元気で、

3月からはなんと新しい高給取りの仕事を始めるのですが、

みんなそれをドキドキしながら、楽しみにしているわけです。

そろそろ準備が始まって、楽しみと不安が交差して、

ああかな、こうかな、と皆で話しながら、

母は服を新調したりして。

死も、そういう感じであってくれないかなと思うのですよね。

自分の選んだタイミングで、自分の判断で。

死ぬのが楽しみで仕方ないみたいな感じで。

みんなの注目を集めて、得意満面で、

こちらも手拍子しながら母の名前をコールして、

そーれ!そーれ!ておみこし担ぐ感じで送り出したいのですけど・・・。


そしていずれ時が来れば、私もそういう感じで死にたいです。

そう考えると、究極に言えば、私の理想の死って自死なのかな。

自分の判断で、死をコントロールしたいのです。

それって自然に反することなのかもしれませんけど、

どうせ死ぬんだったら、不健康とかどうでもいいし(笑)


安楽死とか言っても、

人間としての尊厳がすでにもうなくなった状態じゃないとさせてもらえないのは、

おかしいと思うのですよね。

「楽に死にたい」

「自分の面倒が自分で見られるうちに死にたい」

というのは、誰でも思っていることだと思いますけど、

その願望を周囲がどう助けるか、ということになると途端に手段がなくなるのは、

その場合「死ぬ」ということと「殺す」ということが、

表裏一体だからなのでしょうね。

「生む」という意思にたいしては、助けてくれる人がいっぱい現れるのに、

「死ぬ」という意思にたいしては、賛同者をみつけることすら難しい。

お医者さんも下手すると訴えられますしねえ。

だけどどちらも一人では出来ないというのが、複雑なところです。


そうそう、去年のクリスマス前後に飯島愛さんが亡くなりましたけど、

そのちょっとあとにアメーバのブログランキングを見たら、

なんと飯島愛さんのブログが2位になっていたのです。

びっくりして覗いてみたら、

一番最後の日のコメント欄が3万件とかになっていてね。

まあ私だってモスクワのチェーホフの墓の前でピースしている写真があるので、

人のことは言えないかもしれませんが、

なんとなくその時不愉快になったんですよね。

だけど考えてみたら、

あれ、もし生前に、

飯島さんが「死にます」と宣言できていたら、

そしてそれに寄せられた応援メッセージだったら、

どんなに飯島さんはタレントさんらしく華やかに死んでいけたことかと思ったり。

死んだあとに、ピース気分で記念にコメント書き込んでも、

別に本人にはわからないんだから構いやしませんが、

どうせだったら生きている時に、

「頑張って死んでね!みんなが応援しているよ!」と声を寄せてあげれば、

本人はどれだけ心強かったか知れませんよね。


いや、それはそれで議論を呼ぶか。

あ、議論を呼ぶな。

それはよくないわ。

「頑張って死んでね」とか生前に書き込みがあったら、

それは単なる悪質ないやがらせですよね。

ていうか、普通に頭おかしいですよね。

取り消します。


まあとにかくね、

死ぬとか年をとるとか、

そういうことが良くないとされる世の中はおかしいということです。

アンチエイジングとか臓器移植とか、

まあそれで自信を持って楽に生きられるのならやればいいけれど、

それでもって不老不死に近い形になったところで、

最終的には逃げ切れやしないよっていう話なのです。

だったら、死や寄る年波を愛して、

むしろ追いかけてゆく方法を、

私は知りたいのですが・・・。





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