通りすがりの笑顔

オランダで暮らすようになってから、
「常識」という言葉を簡単に使うのが、
ためらわれるようになりました。

私の住んでいるロッテルダムのスラム街は、
様々な国からやってきた移民が渾然一体となっているところで、
黒人・白人・アジア人・アラブ系・インド系・ヒスパニック系、
ぱっと見どこの国だかわからないような人々など、色々います。
当然、近所住人の持っているバックグラウンドや階層も様々で、
常識といっても一概に言えないようなところがあるわけです。

「人を殺してはいけない」とか「盗みはいけない」とか、
そういう大きな常識はさすがに共通しているものの、
たとえば「道にゴミを捨てない」とか、
「犬の糞は飼い主が回収する」とか、
「道路の真ん中で子供におしっこをさせない」とか、
そういう日本においての常識は持っていない民族がいるし、
もっと細かい、たとえば礼儀や行儀みたいなルールになると、
これはもう価値観が違いすぎて、
言ってもしょうがないというレベルになるわけです。

「あの人は本当に常識がないよね」とか、
「あの人は空気が読めない」とか、
私はもともと言わないタイプでしたが、
こちらに住み始めてから、まったくいわなくなりました。
民族が違えば、常識も空気も違うのです。
当たり前の話だけれど。

人のことだけではなくて、
たとえば私はオランダ人の彼氏の圏内で暮らしているわけですが、
そのオランダ人の文化圏の中で、
自分というのは随分常識がなく、空気が読めてないなあと、
常日頃感じます。
時々へこむくらい。

そんな時いつも思い出すようにしているのが、
日本にいたときの知り合いのロシア人通訳のP氏のことです。
彼とはニ、三回一緒に働いたことがあるのですが、
日本人顧客相手にかなり傍若無人に振舞っていて、
「ちょっとぉ、大丈夫?」と心配になるほどでした。
でもそうすると、彼は自信満々に言うのです。
そっちが同じ様にやったらまずいだろうけど、おれは外人。
 外人は大丈夫」

か・・・確信犯かっ!

彼の日本語や日本に関する知識だけを見てみれば、
もうすでに外人というより日本人で、
ずっるいの!という感じだったわけですが、
実際、異文化の中で日常生活を送らなければならない羽目になってみると、
彼の気持ちは良くわかります。
言葉や知識は大切だけれど、
言葉や知識でフォローできない氷山の下の部分は、
文化においては実はかなり大きくて、
日常の一こま一こまにおける判断において
「自分は外人なのだから、違っていて当然」
とでも開き直らないとやっていけない時が、本当に良くあります。

留学生だった時はそういうプレッシャーは少なかったけれど、
こちらに常住する大人になって社会生活を始めると、
自分の持っている礼儀の観念や常識が、
自分の生まれ育った社会におけるそれであったのだということがわかります。
どこでも人情はおなじである限り、応用は出来るというものの、
完璧に適応させようと思ったら病気になりそう。
まあ「自分は外人だから」と思って、
適当にあわせつつ周囲にも妥協してもらうしかない、のです。
P氏を知っててよかったなあ。
あの傲岸不遜マインドは、自分では発明できなかったわ。

ところで、話はちょっと変わりますが、
オランダに来てから現れてきた新しい現象に、
通りすがりの他人から微笑まれる
というのがあります。
欧米でしばしば経験された方がいらっしゃるのではないかと思いますが、
通りすがりのまったく知らない人が、
こちらと目を合わせてにっこりと微笑み、
時には「ハロー」などと挨拶をするのです。
老若男女を問わず。
私はこれが苦手でねえ。
向こうが目をあわせてくれば目をそらし、
ハロー、と言われれば「・・・・。」と苦笑し、
全身から「お前は誰?」という感じをかもし出してしまうのです。

でも、私は基本的には適応型の人間ですから、
「現地の人にあわせなくちゃ」という気持ちは常に持っているのです。
やっぱり誰かが自分に微笑んでくれて、
知り合いでもないのに「ハロー」なんて言ってくれるのは、
ありがたい事だと思わなければなりませんよ。
そのほんの少しの触れあいが、
もしかしたら私を絶対の孤独から救ってくれているのかもしれないし。
とすれば、
私も通りすがりににっこり笑って「ハロー」と返すのが、
普通に礼儀なのではあるまいか。
と、ある時わたしはふと思って、
それ以後、自分に強いて、道で人に出会うとにっこり笑って「ハロー」というようにしました。
だけど、これがなかなか難しくてねえ。
誰にでも見境なく挨拶すればいいってものじゃないのですよ。
やっぱり人種のるつぼみたいなところにいるわけですから、
ニッコリ笑って挨拶するのが習慣じゃない人たちもいるわけです。

例えば、
中東系の若い男、
および黒人または浅黒い肌系の人種の中年くらいまでの男に意味なく微笑みかけると、
後ろからついてきてしまう可能性がある
という事を、
私は幾つかの手痛い事例ののち学びました。
中東系はしつこく、黒人はハイテンション。
いずれにせよ超怖いのは間違いありません。
でも自分から微笑んで「ハロー」と言ったくせに、
相手がそこから人間関係を構築しようとすると完全無視して逃げていくのは、
明らかにちょっと違うと思うのですよ。
いくら常識知らずの私でもね。
だったら最初から声をかけるなという話であってね。
彼らに挨拶するのは50歳くらいになって、
黒人だろうがアラブ人だろうがよっしゃ来いになってからにしようと思っています。

アジア人は老若男女、誰でもが無表情を返してきます。
でもやっぱり、相手に合わせる力は抜群の人種だけあって、
明らかにこちらの風習にあわせ、
はにかみながら
不自然な笑顔を返してくる人も多くいます。
または同胞だと思って中国語で話しかけてくるか
何のかんの言っても、中国人も韓国人も北朝鮮人も、
日本に近場のアジア人はみんな鏡みたいなものですね。
これはもう、実感です。似てる似てる。
彼らを通して自分が見えます。
いずれにせよ、基本的にこの人たちには習慣がないので挨拶の必要はありません。

移民二世・三世くらいの若い子達は、もうほとんどオランダ人なので、
人種を問わず非常にスマートに微笑を返しますが、
中高年のイスラム系男子はムッとしたような顔をします。
イスラム系女子は横柄にシカトする人と、
すごくフレンドリーに笑い返してくれる人といます。
そういえば、ムスリム系の女性って、私はよくわからないんですよね。
オランダ語のクラスに何人もいたけれど、なんだか非常に異人種です。
というか、ムスリム系は男女を問わず、ちょっと謎。
厳しい戒律が自然を撓めているのか、
なんとなく人間の成り立ちが要所要所で意表をつく感じ。
アジア人の性質を撓めているのは礼儀みたいな生活技術だと思いますが、
ムスリムの場合は宗教という生活思想であるだけに、
それを根に撓められる性格の複雑さの根が、
さらに深いというか、なんというか・・・。
謎。
まあ、ムスリム系も、おそらく習慣がないので挨拶の必要はありません。
目があうとじいっと凝視してくるのはムスリム系ですけど、
あれは別にコンタクトを求めているわけではなくて、
なんでしょう・・・とにかく挨拶を求めているわけではないことは確か。
わからないけど。
まあとにかくムスリム系は謎だから放っておけということです。

ていうか、有色人種系は、ほとんど向こうから目を合わせてこないので、
もともと挨拶の必要はないのか。
有色人種って、逆に「目をあわせるのは失礼」みたいな文化が主流のような気がするのですが、
どうなんでしょう。
そう、私自身も目を直視されるのはすごい苦手で、
目を逸らし逸らし、視線から隠れ隠れ、心を隠し隠し、
やっとのことで生きているのです。

難しいのは白人です。
見知らぬ他人に微笑みかける習慣を持っているのは白人ですが、
でも、みんなではないみたい。
ロシアでは別に、他人から通りすがりに微笑みかけられたことは、
なかったような、気がします。
基本的に外国人が好きな民族なので、
私のようにあからさまに外人面をしていると微笑みかけてくれる人はいましたが、
習慣という感じはありませんでしたねえ。

オランダ人は大体向こうから微笑みかけてきますが、
オランダ人の中年以降の男は、微笑み返すとちょっと怖い。
一発ギャグみたいなことを言ってくる可能性が高いからです。
わからないっつうの。
白人系の男性の中には、微笑みかけると、明らかに動揺している人がいます。
推し量るような目でこちらを見たり。
恋が生まれるのか、イエローキャブとみなされたのか。
微妙です。
逆に、見た目の良い若い男性に通りすがりににっこりと微笑まれると、こっちが軽く動揺します。
この場合には恋が生まれかかっています。

安心して微笑みかけられるのは白人女性ですし、
非常にしばしば微笑みかけてくるのも白人女性ですが、
オランダ人の中年以降はやっぱり、一言二言声をかけてくることがあります。
オランダ語がおぼつかないので、これもまだちょっと怖かったり。
年を取るにしたがって、オランダ人はどんどん人間好きになるのか、
話しかけてくる率もどんどん上がってゆきます。
逆にオランダ人の若い層はニッコリ笑いつつ距離感も保ちます。

私はかなりこの習慣に関しては熟考に熟考を重ねているので、
一種もう研究者なのです。
かなり実験を重ね、このルールの実際のところを見極めようと努めているのです。
「微笑まれた時だけ、はにかんで微笑み返す」みたいな消極的な態度は、
私の海外生活者としてのプライドが許さないのです。
どうせだったら、現地に染まりたいじゃないですか。

そんな折、私のオランダ人と二人で昼間通りを歩いていましたら、
向こうから中年女性が自転車でやってきまして、
私に目を留めて、にっこり微笑んで「ハロー!」といいました。
そこで私も負けずに微笑み返し、
「ハロー!」と返事をしたところ。

オランダ人  「・・・知り合い?」
カチカ     「ううん。知らない人だけど」
オランダ人  「じゃあ、なんでハローっていうのさ?」
カチカ     「えっ・・・。だって、それは、普通に言うんじゃないの?」
オランダ人  「普通、知らない人に挨拶はしないでしょ(苦笑)
カチカ     「・・・・・・・ぇえ!?

・・・違うでしょ?
オ、オランダではするんでしょ??????????

 
まあそんな感じでねえ。
謎が謎を呼んでいるのです。
ばかみたい(笑)
もう全然ルールがわからない。

ところで、私は今回日本に帰った時、
道行く他人に反射的に笑顔で「こんにちは」と言ってしまい、
不審そうに「・・・?こんにちは・・・」と返事されたことが何度かありました。
スパルタ式かつ人工的に定着させた習慣なので、
逆に強く染みついてしまったようで、
不自然に明るい笑顔で、まったくの他人に声をかけてしまうのです。
そりゃ、日本人は動揺しますわな。

こんな感じで、年を経てゆくにしたがって、
どちらの国でも変人みたいになってゆくのかしら。
そう、だからね、
日本では簡単に「あの人は変わっている」とか言いますけどね、
そんなこと言えるのは、文化が一つしかないからで、
そんなシンプルに人間が推し量れるっていうのは、
一種幸福なことかもしれません。
あ、逆かな。


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