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迷子

私は3つだか4つだかの時、
迷子になったことがあるのです。
そして、その時のことをわりとはっきり覚えています。
自分なりに、ですけど(笑)。

母は私がいなくなったのに気がついて、
半狂乱であちらこちら探し回ったそうですが、
私としては全然迷子のつもりはありませんでした。
市民プールまで、自分で行ってみようと思い立っただけだったのです。
市民プールまでは母の自転車の後ろに乗って、何度も行ったことがありました。
でも保育園まで行く道筋とは全然ちがう道を通っていくし、毎日通う道でもないし、
道のりも長いので、なんでしょう、やっぱり好奇心があったのだと思います。
保育園までだったら道もかっちり知っているので、
きっと何食わぬ顔で行って帰って、特にスキャンダルにならなかったのかもしれません。
でも、私はその日、市民プールを目指したのです。

私が市民プールまでたどり着いたかどうかは、自分でも覚えていないのですが、
至近距離まで到達できたことは確かです。
私が発見されたのは、もう市民プールまでは目と鼻の先の小さな文房具屋でした。
疲れてしまったのでそこで休息を取っていたら、
(当時文房具屋というのは、子供にとっては楽しい店の一つですよね。
 色々な形の消しゴムとか、香り玉とか、アニメの絵が入ったノートとか。今でもそうかな)
突然母が入ってきて、
「ああ、カチカ!」といったので、
「どうしてここにいるのがわかったの!」と思ったのを覚えています。
でも、それが別に、そんなにドラマチックでもなくて、普通に入ってきて、
「さあ行くよ」みたいな感じだったから、
ああ、ガラス戸の向こうから見えたのかなあ、と思ったのです。
「今度から出かけるときは言ってね」と母が言ったので、
「うん」と答えました。

でも、母が話す思い出話は全然違うのです。
母によると、
私は文房具屋に入ると、何をするでもなく、
いつまでもいつまでも店内をうろついていたそうです。
文房具屋のおばさんが、
すごく小さな子供が一人でいつまでもお店にいるのを不審に思って、
「ママは?」
と聞いたところ、私は、
「もうすぐ来る。ここで会うことになってる。」
と答えたそうです。
前後の事情の説明も理路整然としたので(うそ八百だったわけですが)、
そうなのかなと最初は放っておいたそうです。
でもいつまでたってもママは来ないし、
幼女は相変わらず店内散策を続けているということで、
もう一度
「ママ、こないの?」と聞いたところ、
今まで全く平然としていた私が、ちょっと泣いたんですって。
それで、ああこりゃ迷子だと悟ったおばさんは、
私から名前を聞き出し、
電話帳でその苗字の家に、片っ端から電話をかけてくれたのだそうです。
その頃母はもう、髪を振り乱して、近所のおばさんたちをも動員して、
私を探し回っていました。
なにしろ私は美少女(当社比)でしたから、
怪しい奴にさらわれたのではないか、
何かいたずらでもされてやしないか、と本当に気が狂うほど心配して、
それを横目に『ガッチャマン』を観たがった兄を、
「不人情だ。お前みたいな冷たい人間はもう探さなくてもいい。絶対についてくるな 

と叱り飛ばして泣かせたそうですが、
皮肉にもそれで家にいた兄が電話を取ったそうです(笑)。

私はそんな思い出話を大きくなってから聞いて、
あれ?そんなことだったっけ?
と首をひねりました。
泣いたとか、文房具屋のおばさんとか、一切記憶にナシ。
お世話になったのに(笑)
でも、遠くに行こうとしたことや、途中の田んぼ道、文房具屋に入ってきた母なんかは、
はっきりと覚えているのです。

私がいまオランダにいるのが、実は時々この時の自分と重なるんですよね。
三つ子の魂百までといいますが、
実は自分という人間はあの時と全然変わっていないと思ったり。
文房具屋さんのおばさんにお前は誰か、何故ここにいるのかと問われれば、
理路整然と受け答えもし、
平然と構えてもいますが、
実のところ自分じゃ何もわかっていない(笑)。
もしもう一度聞かれたら途方にくれて、ちょっと泣いちゃったりするのかな。
ロシアにいるときも、オランダにいるときも、
遠くに行こうかなあと思っただけで、大業を成す気は特になかったのですが、
母はいま、日本で私の行く末とか、どう考えているんだろう?
さすがにもうここまでは迎えに来れないでしょうねえ。
でも、母が髪を振り乱して、必死の思いで迎えに来たところで、
私は「あれ?来たんだ?」くらいのことしか考えないと思いますけど。
私は小さな頃からいつでも、案外平気なのです。いろいろなことがね。
外から観ると「大丈夫なの?」という感じでも、
本人の心の中では全然OKなのです。
だから何を言いたいかというと、
本人が気がつくまでは、迷子ではなく旅である。
ということなのです。

あれっ私そんなこと言いたかったんだっけ?




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腋臭

最近オランダはお天気最高。
空気がきらきら光っています。
温かくて、コートが要らないくらい。
こんな日々が続けばいいのになあー。

ところで、唐突ですが、
私のオランダ人の同僚で、彼の斜め向かいに座っている若い女性が、
すごい腋臭だそうなのです。
彼女が彼と同じ部署に配属になった当初、
私のオランダ人は毎日彼女の話をしていました。
それが、「腋臭日記」とでも名付けたらよいのか、

「今日は午前中は臭くなかったけど、お昼頃から匂いがすごくなり始めた」
「今日は彼女、実地研修があって、もどってきたら臭かった」
「今日は朝からひどい匂いだった」
「今日は臭くなかった!」

などと、毎日のルーティーンとして彼女の匂いの報告を行うので、
このひと実は彼女に惚れてるんじゃないかしら
などと疑惑を感じるくらいでしたよ。

なんでもね、とてつもない匂いなんですって。
たまねぎみたいな。
部屋中がその匂いで一杯になって、
特に午後なんかは鼻を何かで覆いたくなるほど臭いのですって。
冬の間は汗をそれほどかかないからたいしたことないけど、
こんなにお天気が良くて温かいと、またぞろ腋臭が問題になってき始めるのかな。

こういう話題になったとき、
私はいつも、自分がどういう態度をとるべきか、わからなくなります。
どう返事をすれば良いのかしら、と考えてしまうのです。

日本人は大体皆そうだと思いますが、

「人の身体のこと、
特に自分ではどうしようもないことについては、
あれこれ言うものではありませんよ。」

という教育を受けていると思います。
私の場合、このバイアスはかなり強固でして、
人に対して「くさいよ!」と言ってしまう人とか時々いますが、
驚いて目をみはってしまいます。
「そ、そんなこと言っていいのっっ????」
という感じで。

だけど、口に出さない、ということは、言語化しない、ということで、
言語化しないということは、私の場合、思考しないということです。
それで、「くさいなあ」と漠然と感じていても、
それ以上考えないようにするものだから、
『腋臭臭』にたいする定見・スタンダードな姿勢というものがないのです。

この季節になって、私のオランダ人が定例の『腋臭日記』を始めるとき、
毎日なんと返答してよいものやら、わからなくなるのは、そのせいだと思います。
相もかわらず、スタンプみたいに、
「そんなこと言っちゃだめだよ。自分じゃどうしようもないんだから。」
と繰り返して、
あれ、私本当にそんなこと言いたいのかなと自問自答する日々です。
まあ、誰に言っても波風の立たない返答であることは確かですけどね。
これはあくまでも建前であり、どこかに自分の本音があるはずなのですが、
でも、本音はなんだろうな。
頭の中を探すけれど、わからないです。
というか、こういう話題を降られた場合、
みんなどういうリアクションを取っているんだろう?

「本当に臭い人間っていやだよね。早く部署が変わるといいね」
彼氏同情説。
「彼女も大変だよね。自分がそんな腋臭があったらぞっとしちゃう」
彼女同情説。
「鼻せんをつめれば?」
彼氏側問題解決策探索説。
「デオドラントを変えて見るようにいえば?」
「腋臭って手術でなおるそうだよ」
彼女側解決策探索説。
あと、ええと。
思いつかない。

でも、なんだかどれもファンタジーのない話というか、
会話が弾まないなあ。
私とオランダ人の間の、ごくプライベートな会話なんだから、
もっと自由に何でも話していいはずなんだけど、
だから、もっとドカンドカン笑いが起きるような方向で話したいんだけど、
やっぱりそれをやると私の心の中の小学校の先生が、
「そういうことを考えちゃだめでしょ?」
と私の目をまっすぐ見つめて言うのです。
そして私は、何がどうおかしいのかもわからなくなる。

なんでこんな話をしているのかというと、
これが言ってみれば、私の身辺にある思考停止の一代表例ってことなのかなあと、
思ったからなのです。
つまらないことだけど(笑

私の母親は、私が随分小さい頃から、
「言ってはいけないことなど何もない。
 正直に発言して波風が立つのは良いことである。
 そこで起こった議論によって、
人は定見や共通認識をつくりあげ、
時には軌道修正していくのだから。」
と言っていました。
でも、それとともに、やっぱり、
「人の外見的な特徴や、
 その人が自分ではどうしようもない弱点をあげつらうのは、
下品なことである」
ということも言っているわけです。
どっちも正しく立派に聞こえるけれど、
発言の本質をつきつめれば、
「何でも言え」「言っちゃいけないことはある」ということで、
矛盾しているわけです。
うむー。建前と本音。
私が成長過程で、解決してこなかった事柄はたくさんあるのですが、
これなんかもその一つですねえ。

一番怖いのは、
私は結構「良い子ちゃん」だから、
建前を本気で信じ込んでしまって、それ以上考えず、
本音がどこにあるか、自分でも天地神明に誓ってわからなくなることだと思います。
そして、本音で話す他者を不愉快に感じるようになる。

よく、政治家の『不適切』な発言が、暴言・失言として問題になることがあります。
女性蔑視的な発言とか、
人種差別的な発言とか、
あと、歴史観や軍隊問題とか?
そして、それがスキャンダルになって、
「ああいうことを公の場で言うようでは、政治家としてダメ。」
と言われたりします。
市民が、政治家に、
建前と本音を使い分けることを「政治家の資質」として要求しているわけです。
これがねえ、私には不思議なのです。
言ったというのは、思っているということで、
その政治家は、その思考方法に従って行動しているということです。
普段は問題発言をしないように気をつけているのでしょうから、
建前で市民とは話しつつ、本音にしたがって政策を実行しているわけです。
黙って。
こちらの方がよほど怖いことですよねえ?

彼の失言・暴言は、彼の本音が聞ける、国民にとっては滅多にない貴重な機会だと思うのですよ。

例えば一人の政治家が
「女が子供を生めなくなってもずっと生きているのは悪ですなあ」
とか、
「知的障害者っていうのは、あれ、人格あるのかねえ」
とか言ってしまった場合、
周りはその発言にたいして、「政治をやる人が、そんな事言っていいのっ!」
と激怒するわけですが、
でも、
私は、そんなことを思っているという事を言ってくれてありがとうと、
むしろ感謝してしかるべきだと思います。

だって国内でその政治家一人だけがそういう意見を保持しているわけではなくて、
やっぱり同じ事を思っている爺さんたちは少なからずいると思うのです。
そして、そういう権力を持った爺さんたちが、
口には出さない本音思考にしたがって、実際に国を運営しているから、
どんどん弱者にとって住みにくい世の中になってきたわけでしょう。

いや、こういう言い方は爺さんたちに不公平かな。
実際には爺さんに限らず、若い人も年よりも、おばさんたちも老婆たちも、
中年男性も中年女性も、
こういう事を何の悪意もなく考えて(感じて?)いる人たちはいるでしょうし、
しかもその考えの妥当性がどの程度のものかなんて検証している人たちは少ないでしょう。
けれど、その根拠の具体的に提示されていない、言語化されていないあいまいな『感覚』が、
空気をつくっていく。
そして、その「言わないけど」「みんなが思っている」的な風聞が、
ネットみたいな匿名の世界で爆発するのかな。
しかも議論ではなく、匿名同士の罵りあいみたいな形で。

でもすべての世代・性別・人種を超える、ある種の共通認識を作り上げるには、
国レベルで活発に議論することを通して以外にないと思うのです。
そして、その議論の頻度がその国の民度の高低を決めると思うし、
言ってみれば、その国の形を作っていくのだと思います。
失言・暴言は、その議論に大切なテーマ=問題意識を与えてくれるというわけです。
だから発言内容にたいする論理的な反駁ではなく、
「それを口に出したこと」自体についての批判というのは、とても奇妙だという気がします。
「言ってはいけないことはない」というのは、
そういう意味では正しい。

でも、政治家を批判するときには問題はごくクリアだけれども、
自分の周囲にあることに関連付けたとたん、
なんだか私は煮え切らなくなるんですよねー。
だって、やっぱり色々な事がもっとデリケートなんだもの。

腋臭は、誰もそのことについて触れなくても、
その場に存在していて、
毎日毎日、
「くさいなあ」と苦痛に思っている同僚がいるわけです。
そして、腋臭を持っている女性も、まだうら若い娘さんなわけですし、
きっと毎日毎日、
「私、今日におっているかなあ」と気にしていると思うのです。
どちらにとっても苦痛な状態。
そういう状況があったとして、
では、その場にいる人たちはそれをどう解決していくのだろうか。
黙っていることが一番品がよくて正しいことだろうか。
言っても仕方ないから、消去法で、黙っているしかないのか。
それとももっと別の、タブーを越えたなにかがあるのだろうか。
どういう態度が正しいのだろうか。

あー・・・これ、永遠のテーマだわ(笑)。





中世か

ロッテルダムから列車に乗って30分ほどいくと、
デン・ハーグという町に着きます。
デン・ハーグは行政府。
首都は憲法で決められたアムステルダムなのですが、
普通の意味での首都の機能は、すべてこのデン・ハーグに集中しています。

そのデン・ハーグの中心に、
ビンネンホフという官庁が集まっているところがあり、
ここに首相の執務室や国会議事堂などがあります。
そして、そのビンネンホフの斜め向いには、
監獄博物館という、15世紀から17世紀にかけて、本当に監獄だった建物があります。

中に入ると、
一般市民の牢屋や、金持ち貴族のための牢屋(部屋)がみられ、
それより何より、いろいろな拷問の道具が展示してあります。
鞭打ちするときに罪人を固定する台(男女別)だとか、
ヤキゴテだとか、鞭だとか、
手や足を切り落とすための台だとか、
首を切り落とすための剣だとか、
絞首台やさらし刑のために罪人をつないでおく板だとか。
なんか、吊るしておいて重石をつける道具だとかね。
いやあ、なかなか面白い博物館なのですよ。

ご存知の方も多いかと思いますが、
娯楽の少なかった中世ヨーロッパでは、
公開処刑は庶民のスペクタクルのひとつでした。
さらし刑、火刑、体罰(鞭打ちや手足切断刑)、絞首刑などが広場で行われ、
多数の市民が、苦痛と恐怖のうちに死んでいく悪人を見ては興奮して楽しんだのです。

17世紀には、この監獄に、
コルネリス・デ・ウィッテという、ドルトレヒトという町の市長だった人が、
反逆罪(オラニエ公を暗殺しようとした罪)に問われて収監されました。
この人は共和派の指導者だった人で、そのために王党派に罠にはめられたようです。
彼は激しい拷問を受けますが最後まで罪を認めず、
さらに証拠不十分だったこともあって、永久追放という判決は受けますが、死刑は免れました。
ところが市民が、これを許さなかったのです。
放免される日、
激しい拷問でまともに歩けなくなっていたコルネリスを、弟のヨハンが迎えに来ますが、
それを聞きつけた市民が大挙して監獄のまえに押し寄せ、
鍵を破壊して中に入り込み、コルネリスとヨハンを拉致すると、
広場に連れ出しました。
そこで、抑制の効かなくなった市民によって、世にも恐ろしいリンチが始まりました。
彼らは拷問でろくに歩けないコルネリスを滅多打ちにして殺し、ヨハンのことは銃殺します。
その後、遺体の手足を切断し、杭に吊るしてさらし、皮膚を切り裂いて内臓を取り出した、そうです。
当時オランダはスペインとの80年戦争があり、
市民は相当ストレスを感じていて、そのうっぷん晴らしというか、
そういう側面があったようです。
まあ、中世というのは・・・。

などといいつつ、
ところで、最近私は、光市の母子殺人事件の判決が出た、という記事を読みました。
なんでも、判決が出たとき、
レポーターがテレビの前に駆け込んできて、
「死刑!死刑!死刑です!」
と興奮して言ったそうですね。
殺された母と子の夫が、この殺人犯を死刑にするために、かなり運動をしたのだということで、
支持者がたくさんいるとか。
国民の大多数がこの死刑には賛成だとか。
そうなんですか?

日本のTVや新聞、ニュース番組とか、ワイドショーなんかをみていないと、
そういう空気というのは、なかなか正確に伝わってこないものですが、
インターネットの、たとえばニュースサイトのコメント欄などを見ると、
なるほど、やっぱり皆、この殺人犯の死刑執行に関してはかなり積極的に支持しているのかな、
という感じがします。
と同時に、読めば読むほど、
「中世か!」
というつっこみを入れたくなりました。
「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!」てなっている市民たちにね。
あの、ほら、一時期、「欧米か!」というフレーズが流行ったのでしょう?
あれのバリエーションで(笑)。

だからって私にしても、この殺人事件の記録を見ると、犯人に同情できるわけじゃないんですけど。
もし私がこの旦那さんだったら、やっぱり半狂乱になって、
犯人を絶対に殺したいと思う、と思います。
少なくとも、この人の人生が、どうしようもなく愚かで残酷な人間によって、
理不尽に破壊されたことは間違いのないことです。
そしてこの人生を滅茶苦茶にされた人を、
なんとか助けてあげたい、復讐させてやりたいと思うのは、
まあ人情ですよね。

想像もつかないくらい冷酷で、クレイジーでサディスティックな人間というのは存在します。
興奮して、おさえが効かなくなると、ものすごい暴力を振るう人間とかね。
日常的に他人を圧迫して、そこに快感を見出す人とかね。
弱い者いじめが大好きな人とか。
そういう人が、ある日、一線を越えて、事件を起こす。
その人がやったことの詳細を記事で読むと、
もう恐ろしくて、目をおおわんばかりで、
こちらは怖いから、一刻も早くこの世からいなくなってほしいと思う。
または、被害者が感じたのと同じような苦痛を、この犯人に、あますことなく味あわせたいと思う。
死刑にしてほしいと思うし、拷問してから死刑にしてほしいと思うし、
その苦痛を出来るだけ長くひきのばしてほしいと思う。
倍返しで。

だけど、考えてみれば、
クレイジーでサディスティックで冷酷な人間は、
それゆえに人が殺せるのであって、
いくら仕返しだからといって、
同じ事を彼に仕返せる国家であっていいのか。
普通の人間は、絶対にクレイジーで冷酷な人間と同じ事を出来てはいけないと思うし、
その普通の人間の集合体である国家であればなおさらのことです。

被害者の遺族が、加害者の死を願い報復を求めるというのは、
仕方のないこと、というか、当然の成り行きだとしても、
国家や国民がその感情にのっかって、
国のシステムを使って加害者に報復する・それができるというのは、
違うと思う。それはすごく怖いことですよ。
ハムラビ法典じゃないんだから。

理由があれば人を殺していいと考えることは、
非常に危うい考え方だと思います。
理由があれば人をひどい目にあわせていいと考えることも。
自分が直接手をかけるわけじゃなくても。
それはやっぱりねえ、中世マインドですよ。

それにしても、死刑を望む声がこれだけ高いというのは、
人間の心の中の中世はそう簡単になくなりやしないということなのでしょうか。
「一歩前進、二歩後退」という、レーニンの著書は、社会主義国家創立の際の大会の議事録だそうですが、
人間の歴史というのも、そんな風にして進んでいくのかな。

裁判が長すぎる、という意見もたくさん目にしましたが、
死刑みたいな、人の命が懸かっている案件に時間をかけない国家って、
ろくなものじゃない気がします。
例を挙げれば、スターリン時代のソビエトとか?
あの時代の裁判は短かったらしいですからねえ。
時々裁判は省略されて判決だけ出ることもあったらしいですよ。
死刑だろうがなんだろうが、最終的には5分、10分で。
まあ、早いといったら早いですし、
当時を知る人は、
「ソビエト時代は今と違って治安がすごく良かった」と口をそろえて言いますから、
もしかしたら有効なのか?
でも、それで良いかといわれれば、やっぱり全然良くないですよ。
何万人もの人が、無実の罪で亡くなったり流刑になったりしたわけです。
やっぱり近代国家は、生ぬるいくらいに人道的でちょうど良いと思うんですけど・・・

つい最近、ノリノリになって
「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!」というモードになった層は、
間違いなく中世のビネンホフ前の公開処刑に興奮したのと同じ層でしょうし、
戦時中、列車の中で綺麗な格好をしている女性の髪をつかんで、
「非国民!」と罵ったかの高名なる日本男児と同じ類でしょうし、
たとえばアメリカで盗みを働いた黒人をリンチにかけて木に吊るした白人なんかも同じ種類だと思います。
さかのぼれば、イエス・キリストに十字架を背負わせて、ゴルゴダの丘を登らせたのも、
同じ種類の情熱だろうと思うのです。

いや、この光市の犯人がキリストみたいって言ってるわけじゃないんですよ。
でも当時のイスラエルにいたユダヤ人たちにとって、
キリストがこの光市の男の子以上の悪人じゃなかったと、誰に言い切れるでしょうか。
彼らは彼らなりに、やはり正義を貫こうとしたのだと思いますし、
悪人にそれ相応の罰を与えようとしたのだと思います。

やっぱりねえ、今この場で何が正義なのかって、
わたしたちのはかない頭脳ではわかりっこありませんよ。
だったら、取り返しのつかないような極端な行動は、やらないに越したことはないでしょう。
後の世の人間から、それがどういう感じに判断されるのか、
ちょっと立ち止まって考えてみた方がいいと思います。
長い目で。
短い目で考えると、遺族の気持ちとか被害者の権利とか、
身近に感じている恐怖とか、コンビニ前でたまっている若者たちにたいする殺意とか、
細かいディティールがいっぱい出てきて、
どんどんわからなくなっていっちゃうから。

で、やっぱり最後はね、
「中世か!」

という突っ込みを、常に自分にもまわりにも課すべきだと思うんですよね。
本当に。



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