FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

電話

今年の一月はじめから、
私のオランダ人とロシア語で話すのを一切やめて、
オランダ語だけで話しています。
やっぱりねえ、オランダに住んでいるからには、現地の言葉を話さないと。
ここに住んでいる外人は、オランダ語を知らなさ過ぎですね。
英語が通じるからって、何年経っても英語一本やり。
まあそれで日常生活は支障ないかもしれませんが、
でも、最初に言葉ありき、ですからね。
文化の根源は、やはり言語であると思うのです。
その国の言葉を知らなければ、
いつまでたってもその国の本当のところはわかるようにならないのではないでしょうか。
クドクドクドクド・・・・

まあね、本当のところは、
英語が話せないから、オランダ語を話さざるを得ない
だけですが。
あーあ。英語が話せる人はいいなあ(本音)

それでこの三ヶ月ほどの間、
彼氏がどんどん外人みたいになっていって(まあ外人ですが)、
お互いジェスチャーで物を言い合って、イライラ、イライラしているのです。
もうね、何言っているのか、全然わからないの。
くそうー彼氏めー。
ガァガァ、フニャフニャ言いやがって。
オランダ語って、アシカの言葉みたい。
語源のどこかには、アシカの発音が参考になっている部分が絶対にあると思う!

私のオランダ人は結構辛抱強いというか、意志が強くて、
私がわからない時にロシア語に切り替えても、
がんとしてオランダ語で話し続けます。
言い回しを変えたり、ゆっくり言ったり、何度も繰り返したり、
でもロシア語を話そうとはしません。
彼のほうが正しいけど、
でも今のところ、結局わからないことが多くて、癇癪が起きます。

そんな私でも進歩はあって、
最近は電話が取れるようになりました。
以前は電話が鳴ると怖くて、まあどうせ自分にかかってくることはないし、
そんなこんなで絶対に取らなかったのです。
でも最近は、
「彼は今、いません。7時ごろに戻ってきますので、その頃にまた電話を下さい」
「いま呼んできますから、ちょっと待っていてください」
程度のことは言えるようになったので、
電話がかかってくると、胸をぐっっと張ってね。
受話器を取るわけです。

そして今日も電話を受けました。
相手はテレグラーフ。
最近テレグラーフはよく勧誘の電話をかけてきます。
私のオランダ人を出してくれ、というので、

「彼はいま、いません。」


と言ったところ、
相手が突然口調を変えて、

「あら、そぉう?会社かな?

 パパとママ、どちらもいない?」

と言いました。
噴き出しそうになりましたよ。
以前スーパーで16歳以下か、と聞かれたことはあるのですが、
記録更新です。
訂正するのも面倒だし、笑いをこらえながら、

「いいえ、いません。7時に帰ってきます。」

と答えておきました。

でもね、これ、考えてみればすごいことですよ。
外人だと看破されず、子供に間違えられたということは。
だってね、オランダ人の子供のオランダ語はすごいのです。
なんたって、ネイティブですから。
4歳の子供でも、発音はいいし、言葉も知っているし、文法もそんなに間違えませんし。
逆に自分を誇りに思いました。
私がオランダに来てから一年半あまり。
子供だとしたら一歳半っていうことですからね。
一歳半にしてはよく口の回るほうですよ。
偉い、偉い。偉いよ。(←自己暗示)

さ、今日はバイエンコルフ(百貨店)に行って、
久々にカフェでお茶とケーキでも所望しようかしら。
最近のオランダは春で、天気が良くてちょっと暖かくて、
いい気持ち。
はやく夏にならないかなー。




スポンサーサイト

ひまひま

今日は、私のオランダ人はチェスの試合があるそうで、
自転車に乗って出かけていきました。
最近、なぜか腕を上げたらしく、勝ってばかりいるのです。
優勝カップ持って帰ってきたりね。
私は誇りに思っているのです。
誇りに思いつつ、留守番。
留守番。........うへへへへへ。

でも、今日はワインで泥酔したりはしません。

最近、抗生物質を酒で飲むということをやりまして、
ものすごい地獄を見たことがありました。
夜中に8回くらい吐いたかな。
明け方まで吐いて、ちょっとウトウトして、
目が覚めたらまた吐いて。
薬をお酒で飲んじゃいけないってよく言いますけど、
私はこれまでの人生で鼻炎の薬なんかはいつでも酒とともに飲んでいて、
別に何ともなかったのです。
ところが、これが、まあ。
薬によっては物凄いことになるのですね。
死ぬかと思った。
またひとつ賢くなりました。

そんなこんなで、今はアルコール恐怖症。
軽いトラウマになっているようです。
こんな良い方向性を持ったトラウマもあるのですね。
一生続くといいな。

でも、お酒がなくて、彼氏もいないと、
やることがなくて、手持ち無沙汰です。
家にある小説本も、読んでしまった本ばかり。
折角素面なので、じゃあロシア語の本でも読んでみるかと手にとってみましたが、
ああ、めんどうくせー。
どうにもこうにもね。読めやしない。
これはもう、私にとっての第二外国語じゃないや。
オランダ語に取って代わられつつある、私のもと恋人なのでした。
でもそんなこと言っても、まだオランダ語の本は読めないしね。

インターネットというのも、こうなるとどうも退屈です。
検索のやり方次第では面白い情報がざくざく出てくるのかもしれないけど、
情報だけではやっぱり面白くありません。
向こう側とこっち側に人間がいないとね。
こういうとき、人はどうやって時間を潰しているのだろうか・・・・。

最近、ルーベンスの小さな画集を古本屋で購入しました。
4ユーロ。安い(笑)。
ルーベンスが聞いたら腹を立てそうな値段でした。
退屈紛れにパラパラめくっていると、
いやー、ルーベンスというのは・・・
エロいですな。
細密で繊細な筆がルーベンスの絵の特徴だそうですが、
そして、豊穣な詩情と卓越した技量とを持っているそうですが、
なんというか、私にはちょっと濃すぎてね。
特濃エロスとでも名付けたらよいか・・・。
しかも、友達とする猥談みたいな開けた楽しい感じではなくて、
暗い湿った部屋でじいっと官能小説書いているみたいな、
その完成度が半端じゃなく高いみたいなね。
なんか、友達にはなれそうもないエロさっていうの?
こんなこと言ったらルーベンスに悪いんだけど。

技術と体力と強い意志によって、
否定を許さず、
芸術という冠をかぶって、暗闇でこっちをじいっと見てるエロなのですよ。
おいおい、取って食われちゃうぞみたいな。
裸の天使やら裸の聖母やら裸の女神やら、キリストやら、
とにかく誰でも彼でも裸なのですが、
その肌の質感ときたら・・・
凡人にはとてもついていけません。
私はもう、疲れてしまいました。

あーあ、寝ちゃおうかな。



Lars and the Real Girl

"Lars and the Real Girl"という映画を、シネラマという近所の映画館で観てきました。
日本でまだ公開されていない映画の話ばかりですみません。
でもこれねえ、なかなか面白い映画でした。

ちょっと精神的にやられ気味の人が、
ある日ダッチワイフを購入して、
それを本物の彼女としてしまう話なのですが。




右端に微妙に見えるのが恋人・ビアンカさん。

ダッチワイフを彼女にする、という設定では、
いくら病気だからっていう言い訳をしてもかなり現実感に乏しく、
気合を入れて誰にでもばれる嘘をついているとしか思えないのが
残念なところでした。
主人公の周りを囲む人たちの反応とか、
リアリティを出そうとしてかなり無理しているところが鼻につくし(それ以外にやりようがないのはわかるけど)、
一番大変なことになっている主人公も、
ギャグ映画みたいになるのを額に青筋立てて涙を浮かべながら食い止めている感じが、
まあ、キュートだったかな。
私はライアン・ゴズリング結構好きなので・・・。
ちょっと嘘つきっぽい顔がね。

そんな感じで、役者にかなり心理的な無理をさせる設定ではありましたが、
人形に恋をして、話しかけて、失恋して、
人間的に成長を遂げるという話は、
象徴的でおもしろいアイデアだと思いました。

未熟な人間が恋をしているときって、
きっと相手の中に見ているのは、自分自身かなあと思うのです。
自分の人生や心理の鏡みたいなもので。
だから結局、相手が人形でも本気で恋してしまえば、
人形すら自分を反映して変わってゆくのです。
実際この映画の中では、
人形の表情が、主人公の気持ちに合わせて、本当に変っていくように見えました。
周囲もそれにあわせて、変ってゆくし。

そして、主人公自身も、
その恋人(?)の影響を受けて変ってゆく。
人形は別になにをする訳でもありませんから、
結局は自分の環境(良い人たちに囲まれています)のなかで、
自力で変化していったという事になるわけですが、
やはり人形であっても恋人の登場なしでは、
同じような人生が延々と続いたのだろうと思うのです。
私自身の人生の中で、好きになってきた男の人たちが演じた役割も、
かなりこれに近いものがあるかも(笑)

結局、大切なのは自分自身の意思だけれども、
いつでもその意志や願望が自覚できるわけではなくて、
自覚できてもいつでも自己変革を遂げられるわけではない。
愛というのは、自分自身を自覚させ、変化させる、
強烈なモチベーションになり得るわけなのです。
でも、その愛の対象というのは、
結局は自分自身の人生のかけた部分を投影しているだけであって、
・・・・本物だろうと人形だろうと同じことだってことかしら!

最後に主人公は人形との愛を終えて、
本物の女に向かい始めます。
自分自身との対話を終えて、今度は他者に向かったわけです。
病気の人に限らず、十代・二十代・三十代くらいまでって、
やっぱり自分自身との対話みたいな感じで恋愛が進んでいくことが多いような気がします。
普通は人形じゃなくて生身の人間でトライアルしてしまうけれど。
つまりこれは、特殊な映画じゃなくて、究極に普通の恋愛映画ってことなのかもしれません。
いやあ、いろいろ考えさせられましたねえ。

映画としてはどうなんだろう、
それほどのものでもないけれど、
恋愛観、という意味では結構面白い映画だと思います。
日本できっと公開されると思うので、ぜひ観てみてはいかがでしょうか。












プロフィール

Kachika

Author:Kachika
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
68866位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
19205位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。