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正体不明の虫:ハルムス

今回はハルムスの、作文(?)というか、超短編を訳してみました。
またしても無題なんですけどね。中期の作品です。


 どうしたものだか、僕は鉛筆を買って、家へ帰って絵を描いていた。家を描きたいなあと思った途端、突然サーシャおばさんが僕を呼んだ。僕は鉛筆を置いて、サーシャおばさんのところへ行った。
「呼んだ?」おばさんに聞いた。
「ええ」とおばさんはいった。「あそこをみてよ、壁のところ。あれ、ゴキブリかねえ、蜘蛛かねえ?」
「ゴキブリだと思う」そう言って、行こうとすると、
「ちょっと、なによ!」サーシャおばさんは叫んだ。「やっつけてよ!」
「わかったよ」と、僕は椅子の上にのぼった。
「ほら、古新聞をとって。新聞でつかまえたら、お風呂場の蛇口の下にね」おばさんは言った。
 僕は新聞をとると、ゴキブリの方へ手を伸ばした。しかし、ゴキブリは突然パサリッと音をたてて天井の方へ跳んだ。
「イーイーイーイーイーイィ!」サーシャおばさんは金切り声をあげて、部屋から逃げ出した。
 僕自身もおびえていた。僕は椅子の上に立って、天井の黒い点をながめた。黒い点はゆっくりと窓のほうへ這ってゆく。
「ボーリャ、あんた、つかまえた?なんなの、これ?」おばさんはドアの陰から、興奮した声で尋ねた。
 そこで僕は何故か頭をめぐらしたが、その瞬間椅子から飛び降り、部屋の真ん中まで逃げ出した。すぐさきほどまで立っていた場所のすぐ近くの壁に、正体不明の同じ虫がもう一匹いたのだ。ただ、もっと大きいサイズで、マッチの半分くらいの長さがある奴である。やつは二つの黒い目で僕を見つめ、花に似たちっちゃな口をモグモグさせた。
「ボーリャ、どうしたのよ!?」廊下からおばさんがわめいた。
「もう一匹いるんだ!」僕は叫んだ。
 昆虫は僕を見て、すずめのように呼吸している。
「おええ、なんて気持ちの悪いやつらだ」僕は思っていた。顔全体が歪むほどに。
 こいつらがもし毒を持ってたら、どうするんだ?僕は抑えきれなくなり、悲鳴を上げてドアの方へ突進した。
 ドアを自分の後ろでバタンと閉めた直後に、内側から何かがドアを強く叩いた。
「やつだ」と、深く息を吸い込んで僕は言った。おばさんはすでに廊下から逃げ出していた。
「わたしゃ、もう二度と自分の部屋には入りませんからね!はいらないわよ!好きなようにさせとけばいいんだ、私は部屋には入りませんからね!」
 おばさんは、階段のところに集まってきていた、我が家の住人たちにむかってわめいた。
「アレクサンドラ・ミハイロヴナ、こりゃ一体どういうことですか?」
53号室のセルゲイ・イワーノヴィッチ氏が尋ねた。
「知らない、知らない、知らない!」おばさんは叫んだ。床と天井が震えるほどに、ドアが叩かれた。
「サソリですよ。私たちのところじゃ、南の方にはよくいるんですよ」二階から弁護士の奥さんが言った。
「そうでしょうとも、でも、部屋には入りませんからね!」サーシャおばさんは繰り返す。
「奥さま!」上のバルコニーから身をのりだして、すみれ色のズボンをはいた男が声をかけた。「私らには他人の部屋のサソリを捕まえる義務なんかないんですからね。管理人のところに行きなさいよ」
「そうよ、管理人よ!」弁護士の奥さんは喜んだ。
 サーシャおばさんは管理人のところへ行った。
 53号室のセルゲイ・イワーノヴィッチ氏は、自分の部屋に帰りながら言った。
「しかしながら、あれはサソリじゃありませんな。まず第一に、どこからサソリがここに来れるもんだか、第二に、サソリは跳びませんからなあ。」


今日のハルムスは、まるでスティーブン・キングのようじゃありませんか。
この虫には、どんな意味があるのでしょう?

スティーブン・キングといえば、
最近私は「死のロング・ウォーク」という作品を読んだのですよ。
発表されたのは遅かったようですが、
書かれたのはまだキングが大学生の頃で、
実質的な処女作だそうです。
処女作にはその作家のありとあらゆる要素が全て含まれているといいますが、
この「死のロング・ウォーク」も、
恐怖というものがキングにとって(または人間にとって?)
どういうものであったのか、非常に興味ぶかく読みました。

ストーリーは、
18歳以上の少年が、99人集まって、
とにかく南へと歩いてゆくのです。
これは国民的な競技で、少年たちは自分で志願して集まって来るのです。
ルールは「止まってはいけない」ということだけ。
スピードを一定以上下げてはいけないのです。
それ以外は、しゃべっても食べても何をしてもいいんですけど、
止まったりすると、警告を受けます。
3回以上警告をうけると、射殺されます
それで、最後に一人残るまで、
延々と「ロング・ウォーク」は続くのです。
最後に残った一人は、願いを何でもかなえられるそうなのですけど。
少年たちは、友達になったり、誰かを嫌いになったり、
冗談を言ったり、体調を壊したりしながら、
延々と歩き続けます。
そうして、体力のないものや意志の弱いもの、
または足をくじいたり、運のなかったりするものから、
どんどん撃ち殺されてゆくのです。

いやあ、これは怖かったですねえ。
何が怖いって、このシチュエーションが、
まったくの荒唐無稽でありながら、
どこか人生に似ているのですよ。
戦争だったり、競争社会だったり、受験戦争だったり、
現実の人生に対するリアルな恐怖に、
ちゃんとこの設定が当てはまるようにできているのです。

一番怖いのは、
この「ロング・ウォーク」が何のためのものなのか、
どうしてこんなものがあるのか、
どうして少年たちが自分から参加して歩いているのか、
わからないところです。
現実の人生においても、
何故なのか、どうして必要なのかわからないで、
激しい競争に飲まれて、訳もわからず歩き続けていることって、
ありますもんね。
怖かったー。
キングがこれを書いたのはまだ大学生の頃だったようですが、
もうこの頃にすでにこの人は、人生における「恐怖」ってどういうことか、
知っていたんですね。
私が大学生だった頃は、「ロングウォーク」に参加する少年と同じく、
現実的な恐怖に対する想像力はほとんどなかったものですが。

キングって本当に才能あるんだなあ、と初めて思いましたよ。





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アストラノム(ハルムス)

僕らは草地に集まって そこから叫ぶ
「天文学者!天文学者!天文学者ったら!」
彼は望遠鏡を手にして ポーチに立っている、
ポーチで 望遠鏡を手にして。
そして 驚いて 前や後ろをながめる
そして 驚いて 前や後ろをながめる
そして 驚いて 前をながめる。

僕らは叫ぶ 「見てごらんよ!」 僕らは叫ぶ 「見てごらんよ!」
見てごらんよ、天文学者、望遠鏡でさ!
彼は 秘密の庭に 瞳をこらし
望遠鏡を台から はずす
そして 驚いて 前やうしろをながめる
そして 驚いて 前やうしろをながめる
そして 驚いて 前をながめる。

ハルムス

すべての思考よ とまれ
すべてのことを 忘れろ
世界が君から 退いてゆく
僕らが助けに ゆくからね

(1939年 11月)

ハルムスおよび竹下歩美さん

そこでみんなが自分の意見を述べ始めた。
フブリシェフスキーは木のほうへ寄っていって、木の皮をカリカリひっかいた。木の皮からアリが逃げ出して、地面に落ちた。フブリシェフスキーは身をかがめたが、アリは見えなかった。
 この時ファキーロフは前へ後ろへと歩きまわっていた。ファキーロフの顔は厳しく、威圧的でさえあった。ファキーロフは家まで歩いてゆく時、まっすぐ歩こうとした。思ってすぐにぐるっと廻った。
 フブリシェフスキーはまだ木のそばに立ち、鼻眼鏡をかけて、近視の目で木の皮を見ていた。フブリシェフスキーのクビは細くて、シワだらけだった。

          


そこで全員が数についてしゃべり始めた。
フブリシェフスキーは、もし中国風に上から下に向かって書いたら、パン屋に似てしまう数字を知っていると主張した。
「くだらない」とファキーロフは言った。「なんでパン屋なんです?」
「試してごらんなさいよ、そうしたらご自分で納得なさるでしょう」フブリシェフスキーはワイシャツのカラーが跳ね上がり、ネクタイが脇へずれるほどゴクリとつばを飲み込んで、言った。
「ほう、どんな数字ですかな?」鉛筆をとって、ファキーロフが言った。
「申し訳ないんですが、その数字は秘密にしときますよ」フブリシェフスキーは言った。
 これがどういう決着をみたか、わからないところであったが、そこにたくさんのニュースを持って、ウェーモフが入ってきた。
 ファキーロフはビロードの青いチョッキを着て、タバコをふかした。


         

 数字はこんなにも大切な、自然の一部なのである!身長も動作も、みな数字である。
 いっぽう、この言葉というのは力である。
 数字と言葉は、私たちの母なのだ。
 11月5日
(1933-1934?)


どんどん訳がわからなくなっていきますね(笑)。
ハルムスは一体、何が言いたいんでしょう?
まあ、そこがいいですけどね。

そういえば、最近私のところに、
竹下歩美さんという方からメールが届きました。
全然面識のない方なんですけれど、
オークションでアコーディオンが欲しくなってYahooに登録してからと言うもの、
全然面識のない方から次々とメールが来るようになったのですよ。
友人のないさびしい私の心の隙間を埋めてくれる、
粋なはからいなのかもしれませんが。
それにしてもYahooさん、
個人情報を売っていませんか???
まあ、それはいいですけど。

問題のメールは、次のような感じなのです。

初めまして、私は27歳で竹下歩美といいます。
実は私、占いの勉強をしており、貴方を占わせて欲しいのです。
ただ、その占いというのが率直に言いますと男性器を口に含み、こねくり回さなければ出来ないのです。
突然、こんな話しをされて引いてしまうかもしれませんが真実なんです。

それは1年前の夏の出来事なのですが、当時付き合っていた彼とエッチしているときに、
「歩美、俺のシャブリながら、オナニーしてよ」って彼に言われたんです。
初めは彼に言われるがままだったのですが、
実際にやってみると思いのほか感じてしまって、いつも以上に気持ちよくなってしまったんです。。
そして絶頂に達したその時、なにか今まで見たことのないイメージが沸いてきて……。
いまの私と同じ行為を別の女性がしているイメージが浮かんできたのです。
彼女もフェラをしながら、アソコを触っていました。
その女性が誰なのか、直感的にわかりました。その女性は彼の前の彼女でした。
私は途端に凄く冷めてしまって、、彼には話しませんでしたが…。
その後、彼とは別れました。
以来、好きな人とすると必ずそういったイメージが見えるようになったのですが、
面識の無い他の方で試してみたいんです。
この話は、まだ誰にも話したことがありません…というより知人には話せません。
なので、お互い秘密厳守で協力してもらえないかと思いメールしました。
もちろん、少ないかもしれませんが謝礼も考えています。
もし、承諾していただけるなら、簡単な貴方のプロフィールをいただけないでしょうか?
私も送ります。


すごい話じゃありませんか。
竹下歩美さんも、すごい女性じゃありませんか。
まあ、簡単にいえばスパムメールな訳ですけれども。

これを書いた人は、どういうことを思っていたんでしょうねえ。
本気で信じさせようという気概は、
全く感じられないストーリー展開ですし。
これを読んで、
自分のプロフィールつきのメールを返す人っているのでしょうか?
いるのかな。
まあ、世の中って思ってもみないような人がいるものですけど。

これも仕事で、お金のためだけにやっている人が、
せめて創造性を発揮しようと思った末のこの無理無体でしょうか。
添付ファイルもついていたので(怖くてとても開けられませんが)、
笑わせて、添付ファイルだけでも開かせる作戦でしょうか。
だいたいこの人は男性でしょうか、女性でしょうか?
それも考えてみれば、謎めいていて面白いですよね。
こんなこと書くの、男に決っているわ、なんても思いますけど、
占いさせてください、なんて、女の人っぽくもありますし。
大体、どういう人を相手に設定して書いているんでしょう。
できることなら聞いてみたいですよねえ。

いずれにせよ、人間と言うのは、
色々なことを考えるものですねえ。
こんなことを考える人もいるのだと思うと、
つくづくこの広い世界は計り知れません。

これもひとつの、表現活動ですかねえ。

ヴァロージャは山のふもとにひとッとび

ヴァロージャは山のふもとへ ひとっとび

スライダーで ヴァロージャ
山のふもとへ ひとっとび。
狩人に ヴァロージャ
全速力で ぶつかった。

ほら 狩人と
ヴァロージャが
スライダーにすわって、
山のふもとへ ひとっ飛び。
山のふもとへ ひとっ飛びしたら・・・
子犬くんに ぶつかった。

ほら 子犬くんと、
狩人と、
ヴァロージャが
スライダーにすわって、
山のふもとへ ひとっとび。
山のふもとへ ひとっとびしたら・・・
キツネくんに ぶつかった。

ほら キツネくんと
子犬くんと、
狩人と、
ヴァロージャが
スライダーにすわって、
山のふもとへ ひとっとび。
山のふもとへ ひとっとびしたら・・・
ウサギちゃんに ぶつかった。

ほら ウサギちゃんと
キツネくんと、
子犬くんと、
狩人と、
ヴァロージャが
スライダーにすわって、
山のふもとへ ひとっとび。
山のふもとへ ひとっとびしたら・・・
クマさんに ぶつかった!

そしてヴァロージャは それ以来
山で スライダーにのることはなかった。

(1936年)


20060224234905.jpg


最後の2行はこんな顔して書いていたんでしょうか。

ハルムス戯曲 数学者とアンドレイ・セミョーノヴィッチ

数学者とアンドレイ・セミョーノヴィッチ

数学者
(頭から球をとりながら)
 頭から球をとった。
 頭から球をとった。
 頭から球をとった。
 頭から球をとった。


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
 もとに戻せ。
 もとに戻せ。
 もとに戻せ。
 もとに戻せ。


数学者
いや、もどさん!
いや、もどさん!
いや、もどさん!
いや、もどさん!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
なら もどすなよ。
なら もどすなよ。
なら もどすなよ。


数学者
ほら、もどさんぞ!
ほら、もどさんぞ!
ほら、もどさんぞ!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
む、わかったよ。
む、わかったよ。
む、わかったよ。


数学者
よし 勝った!
よし 勝った!
よし 勝った!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
ああ 勝ったから、落ち着けよ!


数学者
いいや、落ち着かんぞ!
いいや、落ち着かんぞ!
いいや、落ち着かんぞ!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
数学者だといったって、ぶっちゃけ、あんたは利口じゃないよ。


数学者
いいや、利口で何でも知ってる!
いいや、利口で何でも知ってる!
いいや、利口で何でも知ってる!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
どうでもいいことばっかり、何でもな。


数学者
いいや、どうでもよくない!
いいや、どうでもよくない!
いいや、どうでもよくない!


アンドレイ・セミョーノヴィッチ
あんたと言い争うのはうんざりだよ。


数学者
いいや、うんざりじゃない!
いいや、うんざりじゃない!
いいや、うんざりじゃない!



(アンドレイ・セミョーノヴィッチ、忌々しそうに手を振って退場。数学者はしばし佇んだのち、アンドレイ・セミョーノヴィッチのあとを追って退場する)

 幕

(1933年4月11日)

今日訳したのは、
戯曲『数学者とアンドレイ・セミョーノヴィッチ』です。
昨日はS-DORA(臨床演劇研究会?)の集まりで、
ハロルド・ピンターの戯曲を読んでいました。
ハロルド・ピンターもハルムスと同じく、
すごく短い戯曲を書くのです。
もっとも、ハロルド・ピンターの方がもっとちゃんと隠れた意味があって、
政治的なメッセージもはっきりとしていますが。
ハルムスは意味とかじゃないですからねー。

この数学者の役を、
昨日の主催、ヘンリー・ヤマト6世博士にやってもらいたい、と
私は前からひそかに思っているのです。
本いきで。
いろいろなものをかなぐり捨てて、
高音を聞かせて、たたみかけるように演じてもらいたいですねえ。

で、私の中でのベスト・キャスティングは、
アンドレイ・セミョーノヴィッチ:ジミー大西
なのですが。

実は私は、ジミー大西がすごく好きなのです。
ジミー大西が岡本太郎が好きだと言う事実も好きですし。
なんかねえ、世の中で誰と友達になりたいかって、
私はどうもジミー大西じゃないかと言う気がするのです。
人にたいして優しそうだし、
インタビューなんて読んでみても、本当に感じがいいですよ。
で、ヘンリー氏とジミー氏でタッグを組んで、
・・・あ、すごい良いですよ。
私の頭の中で、今、すごく良い絵が(笑)


ハルムス 無題の詩 

harms.jpg


おれは もう 走って 走って 走って
疲れた
腰かけに腰かけ、走ることは
やめた

空を見れば 飛んでいるのは
カラス、
それから また 飛んでいるのは
カラス、
それから また 飛んでいるのは
カラス、
それから また 飛んでいるのは
カラス、
何故 おれは 飛ばないのだろう?
ああ、なんたる無念!

座っているのは うんざり
ちょっと飛びたくなった

助走をつけて とびあがる
えい!と叫んで
足を ばたんと 動かして
手をふれ
泳げ 飛び上がれ。 

鷹が おれを 守ってくれる
風は 追い風
下には 川と森
上には 暗雲の空。

20060222175031.jpg


飛ぶのは うんざり
ちょっと歩きたくなった
とこ
とこ
とこ
とこ
歩きたくなった。

庭園を散策
お花を集めて
林檎の木に登るよ
空に林檎の実を 投げる
空に林檎の実を 投げる
めくら めっぽう あてずっぽう
まっすぐ 空に ぶつかって
まっすぐ 雲を つきぬける。

投げるのは うんざり
ちょっと水浴びが したくなった
ざぶ
ざぶ
ざぶ
ざぶ
ちょっと水浴びが したくなった。

みてごらん
みてごらん
どうやって 水のなか おれが泳ぐか
どうやって 足をバタバタさせて
それを頭で 助けるか。

人々は岸辺で叫ぶ

「魚 魚 魚 魚
 魚 水の住人たち
 これらの 魚たち
 魚たちでさえ
 あんたより うまくは 泳げないよ! 」
 
 俺は言う

「水浴びには うんざり
小さな川で 泳ぐなんて
とんで はねて
砂の上に寝転がるほうがましさ。」

水浴びは うんざり
おれは 岸辺を走る
右に 左に
まっすぐ走る ぐるぐる走る
もう おれは 走って 走って 走って
疲れた
腰かけに腰かけて、走るのは
やめた

以下 同文

(1929年5月17日)


ハルムス初期の傑作。
若干24歳のときの作品です。
子供のために書いた詩だそうですが。
ハルムスは子供のための詩人として認知されていました。
大人用に書いた作品は、なかなか検閲を通らなかったためです。

それにしてもこの詩、
なんだか身につまされますねえ。
私もすぐに、色々なことにうんざりしちゃって、
興味の赴くまま、
「続ける」と言うことが一切出来ないで来たので、
この詩のもつ明るい調子の裏側の、
破滅的というか、悲劇性への暗示というか、
まあそんなこと全然なくとも、
少なくともこの空回りの徒労感と言うか、
ちょっと怖い詩だなあとも思うのです。
もっともこれは子供のために書かれた詩ですから、
そんな深読みしないで
あっはっは、変な詩!と読んでいくのが
ハルムスの意図だったかもしれませんが。
もしかしたら人生の詩かもしれないし、
もしかしたら冒険ってこういうものかもしれないし、
読む人によって意味合いは全然違うのでしょうね。
もしこの詩を読んで何かおかしな感想を持った人がいたら、
ちょっと聞いてみたい気がします。

この詩は演劇学校の授業でも取り上げられて、
ちょっと懐かしい詩でもあります。
ひとつひとつのパラグラフに動作を決めて、
5人くらいのグループでカノン方式で朗読をしてゆくのです。
注意力と、表現力、また想像力の訓練でした。
・・・楽しかったなあ、あの頃は。
今でも楽しいですけど。

これから私は多摩センターの映画館に行って
『ミュンヘン』のレイトショーを観るのです。
へへへ、またしても極楽ですな。それでは。

ハルムス

このページ(ストラニッツェ)には
奇妙(ストランヌイ)な鳥たち
奇妙に飛んでる。
あっちときたら
奇妙な人々
すごく奇妙に立ってる
そして棕櫚の木 奇妙に生えてる。

奇妙な太陽
国じゅう(ストラナー)を照らす
そして 奇妙な月が光る
だけど 僕らは微笑もう
君と共に言うよ
この国は紙なんだって



こういう掛け言葉って、
どう訳せばいいんでしょうかねえ?
ハルムスは海外では熱狂的なファンがいるくらいの、
ある種ファナティックなオタク心を誘うような作家なのですが、
いかんせん、駄洒落や掛け言葉、隠喩や暗喩が多くて。
訳せないっつうの。
多分、取りようによっては全然違う翻訳になるんでしょうねえ。
だから全然訳書が出ないのかもしれませんが。
オランダではちゃんと全集が出ているんですよ。
オランダ語もロシア語とは全然言語体系が違いますけど、
日本語よりはましなのかもしれません。

最近チェスで勝てなくなってきました。
思考力が衰えているのかも。
もともとたいしてないんですけれども。

ハルムス 無信心者の意地悪集会

信心者の意地悪集会

主よ 私ではないのですか?使徒たちは思った。
印なら ほら
ネズミのような顔、
ナイフのような羽、
汽船のようなくるぶし、
家族のような家、
半シュラウドのような橋、
アトラスの眉毛のような白衣。
天才はただ一人。 そう、しかし、誰が?
一人は賢人、一人は鈍人、三人目は愚人。
しかし、天才は誰なのか? 神よ、神よ!
すべての民は 貧しい。 私はまぬけだ。

(1930年1月17日)


オリンピック、ちょっといい感じですね。
このメダル不在感が。
すごくいい感じのオリンピックだと思います。
あと15年くらいはメダル抜きでやってほしいです。
つまり、あと4回くらいはメダル抜きで頑張ってもらって、
5回目にすごい盛り上がりたい。
15年メダル不在だったあと初めて金メダル取った人とか、
もうすごい伝説になるんでしょうねえ。
そうなって初めて物語は始まる、というか。

なんかねえ、ミキティのインタビューとか見てると、
胸が痛くなります。
目が虚ろで、全然笑ってないし。
「4回転」「4回転」「4回転」って、
もう頭が4回転で一杯で、4回転してるのは思考だけみたいな。
いやいや。練習ではちゃんと4回転しているのかもしれませんが。
まだ18だか19歳くらいだかの女の子に、
国を挙げてあんなにプレッシャーかけて、よくないですねえ。
アイドルっぽい外見だからって、
他にも出場選手はいるのに一人だけ特別扱いしているのも、
誰にカワイソウって、
ミキティ本人に一番かわいそうですよね。
オリンピックなんて、本来ならすごくいい体験で、
選手にとってこそお祭りでしょうに。
色々な国の選手と出会ったり、外国に行ったり、
普段より衣装にお金かけたり。
挑戦したり、工夫したり、失敗したり。
そういうことが楽しめないほど追い込んで行くっていうのは、
どうなんでしょう。

私はスポーツ全般に全然興味がなくて、
人が必死に身体を動かしているところを見ると、
なんとも面倒くさくて、
「バカじゃない?」
くらい思ってしまうほうなので、
メダルなんていう金属のかたまりに、
国を挙げて熱くなっている姿を見ると、
なんというかねえ。
いいじゃない、もう・・・と言いたくなります。
さっきからミキティ、ミキティって馴れ馴れしくいってますけど、
これも本名がわからないから渾名で読んでいるだけですし。
普通はそんなもんですよ。オリンピックなんて。

もっとも、今年はいい感じの気の抜け方ですけど。
今年の選手たち、いい具合に侘び・寂びを心得ていますね。
日本人はこうでなくちゃ。
がんばれ!逆に。

ハルムスの歌を訳してみました:家から出てきた人がいる

家から出てきた人がいる
                       の歌

家から出てきた人がいる
ちっちゃな棍棒と袋をもって
遥かな道を
遥かな道を
歩き通してゆくために。

彼はまっすぐ前へ進む
いつも 前しか見ていない
眠らず、飲まず、
飲まず、眠らず、
眠らず、飲まず、食いもせず。

そんなある日の 日暮れ時
彼は 暗い森にはいった
  それいらい、
  それいらい、
それいらい 彼は 姿をけした。

dante.jpg


けれど もし いかにしてか 彼の人に
出会うことがあったなら
   その時ははやく、
   その時ははやく、
はやく私たちに教えてください。

(1937)


ハルムス32歳のときの作品。
ハルムスは1905年生まれなのです。
ちょっとダンテの『神曲』番外編みたいな気がしませんか。
私だけですか。
ていうか、暗い森ってだけですけど(苦笑)
ちなみに、ダンテが暗い森の中に入っていったのは35歳の頃だそうです。
私は今29歳ですけど、もう暗い森の中にいるような・・・
・・・はっ。いかんいかん、柄にもなく暗くなってしまいましたよ。

ちょっと暖かくなってきたと思ったら、
昨日、今日とまた寒いですねえ。
いったいいつ春が来るのでしょう。

ハルムスの戯曲を訳してみました。パート2

戯曲

第一幕

コカ・ブリャンスキー: おれ今日結婚するよ。
母親: なに?
コカ: おれ今日結婚するよ。
母親: なに?
コカ: おれ今日結婚するって言ってるんだよ。
母親: なに言ってるの?
コカ: き・よ・う、ケッ・コン、す・る・よー!
母親: コンコンて?
コカ: コ・ン・レ・イ!
母親: って何よ?
コカ: じゃないよ、婚礼だよ。
母親: じゃない?
コカ: なんていうか、じゃなくて、今いったの全部なんだよ!
母親: なんだと?
コカ: だからじゃないんだよ。わかるだろ!じゃないんだよ!
母親: まただの何だのって言って。あたしは知らないよ、何でなんだい。
コカ: トプフゥ、母ちゃん!コンの次は、か!なんだよ!ただコンだけじゃ意味がないことくらい、自分でもわかっているんだろう。
母親: 何を言っているんだい?
コカ: コンにはよ、意味がねえんだよ!!!
母親: ガネ
コカ: 遂には何を言い出しやがんだ!言葉の破片だけを聞くような真似して、ガネなんてもうまったく意味がないじゃねえか!何でよりによってガネなんだよ!
母親:おや、またガネかい?

        コカ・ブリャンスキーは母親の首を絞める。
         新婦マルーシャが入ってくる。


(1933年4月)   

ここでぷつりと切れているわけですが。
うーん、大作の予感ですね(笑)

このどたばた加減が、アントーシャ・チェホンテ時代のチェーホフを思わせます。
もっとも、チェーホフがこの戯曲を書いたとしたら、
焦点はもっと母親とコカの人間関係とその化学反応に当たったでしょうけど、
ハルムスの場合、多分、純粋に音をバラバラにした場合に発生する「無意味さ」に、
多くの興味が寄せられているところが違いだと思います。
 
これまでハルムスの詩を毎日訳してきましたが、
つまらないのに何で続けるの?と思われている気がしてなりません。
ああ、不安、超不安!
本当はね、面白いんですよ。
でも、詩を読む場合は、是非頭を空っぽにして、
声を出して読んでみてほしいのです。
そうすれば絶対に、なにかしらのフレーズが、
頭にどーんとくる時があると思うんですよ。
あと、音の組み合わせとか。
・・・あ、それは原文でないとだめかしら。  
努力はしているんですけどねー

おまけ
ハルムス 肖像画
20060217220007.jpg

怖いっつうの。

ハルムスの詩 

今日は短く、さくっと。
ハルムスの無題の詩。


ある日ペトロフは森へいった
歩いて歩いて 突然きえた
なんとなんと と ベルグソンは言った
こりゃ夢か? いいや、夢じゃない。
よく見てみると 壕(ロフ)がみえる
壕(ロフ)のなかに ペトロフがすわっている
そこで ベルグソンは そこへ這っていった
這って這って 突然きえた
ペトロフは驚いた
「おれは きっと まともじゃない
 ベルグソンがきえるのが見えた
 こりゃ夢か?いいや、夢じゃない。」

(1936-1937)


まあ、なんだかよくわかりませんが・・・
ロフとペトロフにかけた駄洒落が言いたかっただけのような・・・
でも、「こりゃ夢か?いいや、夢じゃない。」
ってなんだか格好いいですけどね(笑)

一昨日、初めて献血をしてみました。
弟と一緒に歩いていたら、ちょうど献血センターがあったので。
弟も私も献血ははじめてで、
ニヤニヤしながらトライしましたよ。
私の兄のお嫁さん(義姉?でも同い年ですけど)は、
献血が大好きなんですって。
飲み物が飲み放題だし、お菓子もあるし、
テレビも観られるし、
みんな優しいし、
血を採られるとなんか元気になるって言うんですよ。
それで、前から
「そんなにイイんだったら・・・」
と思っていたんですけど、ここに来て、ついに実現しました。

じっさい献血をしてみると、
兄嫁がなんであれほど献血が好きなのか、全くわからなくなりました。
大体、ひっきりなしに聞かれるんですよ。
「血圧が低いって言われません?」
「血管が細いって言われません?」
「血管が見つからないって言われません?」
ええ、ええ、言われますとも。
29年の人生のなかで、約100回くらいは言われています。
そのうちの10回はこの献血中ですけどね。

私も弟と同じく、400ml採ったんですけど、
弟の4倍ほど時間が掛かりました。
とにかく、ずっと血管がみつからなくて、
ずっと探していて、それから人が交代して、
またみつからなくて、やっとブスリと刺した後は、
血の出が悪い。
最近、バイトやなんか、断られてばかりいるんですけど、
一瞬頭に、
「献血さえも断られたらどうしよう」
という黒い考えがチラリと横切りました。
そうするとおかしなもので、
献血センターに入るときには
「私の貴重な血をお分けしますよ。どうか役立ててくださいね」
みたいな、
聖徳太子の奥さん的尊大な気持ちだったのが、
「どうか、断られませんように。採ってください。お願いします」
みたいな、必死な気持ちに変化していきました。
だから、やっと血が流れ出してきた時にはホッとしましたよー。
約20分かけて、400mlの血を、彼らは余すことなく採っていきました。
私の貴重な血を、どうか役立ててくださいね。

それにしても、献血があれほど痛いとは。
針も太いし、採っている間中ズキズキしてました。
刺すときに、
「痛かったら言ってくださいねー」
と言われたんですけど、そんなの言えませんよ。
言ったら刺し直すんでしょう?
絶対にイヤ。
抜くときなんか、思わず、
「ききッ」って言っちゃいましたから。
なんで兄嫁はこれがいいんでしょうね??
マゾヒズム?
大体、私の場合、横に看護婦がつきっきりで、
テレビを観ることもできず、
延々と、
「でてこないわねえ・・・あ、ちょっと出てくるようになった。・・・うん、少しマシになった・・・手を温めようか・・・」
みたいな彼女の切れ切れの感想に、
「はい・・・はい・・・」
とずっと返事をしていなければいけなかったのです。
もう、散々。
弟は五分くらいで終わったみたいだし、しかも放置されていたそうなんですけど。
いいなー。
それにしても、五分てすごく早いですよね。
ドパアアアアアと血が噴出したんですかねえ?
終わったとき、ちょっとフラッとしたそうです。

兄嫁は、献血のあとがすごくイイって言ってましたけど、
これは本当でした。
確かに、血を採った後、気分がすごく軽いのです。
なんか気持ちも明るいし。
腕に内出血しているんですけど、
それをみながらスキップみたいな。
今は、送られてくる検査結果が楽しみ。
私は血液の中の好酸球というのが、
時々すごく多くなってしまうんですけど、
こういうのもちゃんと数値が出るのかなあー
見たい!見たい!

次に献血していいのは、四ヵ月後ですって。
痛いから、もう二度とやらないと思いますけど。
でも、いい体験でした。


ハルムスの詩 嘘つき

嘘つき

ご存じ?
ご存じ?
ご存じ?
ご存じ?

むう、むろんあなたは、ご存じですな!
明らかに ご存じですな!

疑いもなく、
疑いもなく、
疑いもなく、ご存じですな!

いや!いや!いや!いや!
我々は何も知りません、
何も聞いておりません、
聞いても、見てもおりません
知りませんよ
何も!

それじゃ「パ」をご存じ?
それじゃ「パの」をご存じ?
それじゃ「ところ」をご存じ?
私のパパのところに
40人息子がいたことは。
40人の健康優良児
20人でもなく
30人でもなく、
ぴったり40人の息子がおったことは!
む!む!む!むう!
嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!
もう20人、
もう30人、
ほら また なにやかや
で さらに 40人
ぴったり40人とは...
こりゃあ たんなる でたらめじゃないか!

それじゃ「い」をご存じ?
それじゃ「ぬ」をご存じ?
それじゃ「達」をご存じ?
よく吠える犬達が
飛ぶのをおぼえたって?
おぼえた、たしかに鳥のよう、
(獣のようでもなく、
 魚のようでもなく)
たしかに鷹が飛ぶように!

20060215184040.jpg


む!む!む!むう!
嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!
むう、獣のように、
むう、魚のように、
むう、また なにやかや、
で 鷹のように
鳥のようにとは、
こりゃあ たんなる でたらめじゃないか!

それじゃ「お」をご存じ?
それじゃ「空」をご存じ?
それじゃ「で」をご存じ?
お空で
太陽のかわりが
もうすぐ車輪になることを?
もうすぐ黄金の、
(皿でもなく、
 丸パンでもなく)
大きな車輪になるんだぜ!
む!む!む!むう!
嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ!
むう、皿、
むう、丸パン、
むう、また なにやかや、
で もう もし車輪ときたら・・・
こりゃあ まったく でたらめじゃないか!

それじゃ「海」をご存じ?
それじゃ「の」をご存じ?
それじゃ「下」をご存じ?
大洋の海の下
鉄砲もった 歩哨が立っていることを?
歩哨が立つのは海の下
(棍棒でもなく、
 箒でもなく)、
装てんされた鉄砲もって!
む!む!む!む!
嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!

むう 棍棒だと、
むう 箒だと、
むう また なにやかや、
で 装てんされた鉄砲だとは・・・・
こりゃあ たんなる でたらめじゃないか!

それじゃ「鼻」をご存じ?
それじゃ「まで」をご存じ?
それじゃ「は」をご存じ?
鼻までは
手も、
足も、
届かないことを、
鼻までは
手でも、
足でも、
乗ってゆくことも、
跳んでゆくこともできないことを、
鼻までは
手に入りゃしないぞってことを!

む!む!む!む!
嘘つけ!嘘つけ!嘘つけ! 嘘つけ!
ぬう、乗ってゆく、
ぬう、跳んでゆく、
ぬう、また なにやかや、
で 鼻を手に入れるとは、・・・
こりゃあ・・・
たんなる
でたらめじゃないかっ!

(1930)

ハルムスはその詩の内容の無意味さ・不可思議さによって、
幾度も逮捕されたアバンギャルド詩人です。
なにか隠された意味があるのじゃないか、
反体制的なのではないかと疑われたのです。
ハルムスにとって尋問は、
もしかしたら上の詩のようなものだったかもしれません。

ハルムス 番外編

私が演劇学校に通っていた時、
ガリーナという、舞台発声の先生がいまして、
その先生は、
全身を使いながらリズミカルな詩を朗読させる課題を良く出していました。
私はこの課題、結構好きだったんですけど。

ハルムスの詩も良く使われていました。
ハルムスの目指していたものは「意味のある無意味」だそうですが、
なるほど、声を出してナンセンスなセンテンスを叫んでいると、
おのずから意味が浮かび出てくることがあるものです。

そんなことをふまえつつ。

今日アップしたハルムスの詩は、
身体を使いながらの発声訓練をするのに、
ちょうどいい素材なので、ぜひどうぞ。

最初に、舞台の上で良い発声とは基本的に、
口の前に手をやってしゃべった時、熱い息がかかる発声だそうです。
ちょっとやってみて下さい。

 ハ・ハ・ハ
 ほい へ・へ・へ、
 ヒ・ヒ・ヒ
 ほい ブゥフ・ブゥフ!
 ブ・ブ・ブ
 ほい ベ・ベ・ベ、
 ジン・ジン・ジン
 ほい バシン・バシン!


胸の真ん中に声が響いているでしょうか。
声を常にその状態にするように心がけながら、
肩から力を抜いてください。

それから、やる時はテキストを暗記して欲しいです。
まあ、エクササイズしながらでも。

この世に背の低い
お年寄りがおりました
そして笑っておりました
異常なほどに そのまんま(手を上に伸ばして、手をぐるぐる回しながら、その状態からだんだん背骨を折り曲げて、したにしゃがむ。声は、上に手があるときは高く、下に行くにつれて、低くしていってください。四行読んだ地点で手が下に着き、もう一度繰り返すときに上に上がる。)
「ハ・ハ・ハ(音にあわせて手を前に投げる)
 ほい へ・へ・へ(音にあわせて手を後ろに投げる)
 ヒ・ヒ・ヒ(手を横に投げる)
 ほい ブゥフ・ブゥフ!(ひざをまげて、両手で空気を取り入れる動作) ブ・ブ・ブ(音にあわせて右足踏み) ほい ベ・ベ・ベ(音にあわせて左足踏み)、 ジン・ジン・ジン(両足踏み)
 ほい バシン・バシン!(膝を曲げながら、両手をおおきく叩く)
蜘蛛をみたらば
びっくり仰天、
わき腹おさえて
呵呵大笑 (さきの上下運動・上下で二回テキストを読む)「ヒ・ヒ・ヒ(音にあわせて肩を上に)
 ほい ハ・ハ・ハ(音にあわせて肩を下に)
 ホ・ホ・ホ(音にあわせて肩を前後に振る)
 ほい グリ・グリ(左右前後に)
 ギ・ギ・ギ(足をひらいて、下におちてゆく)
 ほい ガ・ガ・ガ(そのままで左右に動く)
 ゴ・ゴ・ゴ(上にゆっくりあがってゆく) ほい ブゥリ・ブリ(おしりをふる)! 」
トンボみたらば
怒髪 天をついたれど、
やはり笑って 草の上に
こう倒れこみましたとさ。(また早口に、今度は一度下に行く際に二度、上に行く際に二度つづテキストを読む。)「グィ・グィ・グィ(左右から引っ張る動座) はい グ・グ・グ(引っ張ったものを下に押し付ける)
 ゴ・ゴ・ゴ(それから上に押し上げる)
ったら バフ・バフ!(おおきく両手を叩く)
おお、みなの衆、
たまらん!(深呼吸しながらあけて) おお、みなの衆、
アフ、アフ!」(おおきく深呼吸しながら閉じる

・・・どうでしょうか?





 


ハルムスの詩を訳してみました。パート4

陽気なお年寄り

この世に背の低い
お年寄りがおりました
そして笑っておりました
異常なほどに そのまんま
 「ハ・ハ・ハ
  たら へ・へ・へ
  ヒ・ヒ・ヒ
  たら ブゥフ・ブゥフ!
  ブ・ブ・ブ  
  たら ベ・ベ・ベ
  ジン・ジン・ジン
  たら バシン・バシン!
蜘蛛をみたらば
びっくり仰天、
わき腹おさえて
呵呵大笑
 「ヒ・ヒ・ヒ
  たら ハ・ハ・ハ
  ホ・ホ・ホ
  たら グリ・グリ!
  ギ・ギ・ギ  
  たら ガ・ガ・ガ
  ゴ・ゴ・ゴ
  たら ブゥリ・ブリ!
トンボみたらば
怒髪 天をついたれど、
やはり笑って 草の上に
こう倒れこみましたとさ。
 「グィ・グィ・グィ
  たら グ・グ・グ
  ゴ・ゴ・ゴ
  たら バフ・バフ!
  おお、みなの衆、
  たまらん!
  おお、みなの衆、
  アフ、アフ!」

(1940)

ハルムスはその短い生涯で何度も検閲にひっかかっては
逮捕されておりますが、
この詩を書いた翌年、また逮捕されます。
そして、この逮捕をきっかけに、42年には獄中で亡くなることになるのです。
時すでに第二次世界大戦真っ只中。
詩は逮捕前に書かれていますが、
ハルムスをとりまく暗い環境は、獄中であろうとなかろうと、
変わることはなかったと思います。
にもかかわらず、この無意味さ、明るさ、くだらなさ。
「やけのやんぱち」という言葉がぴったりかもしれません。
やっぱり、最高にクールですよ、ハルムスは。

ハルムスの詩を訳してみました。野蛮な戦争の死3

野蛮な戦争の死

時が打つ
時が打つ
地球の上に埃が飛ぶ

町は歌う
町は歌う
砂漠で砂が轟いている。

川を横切り
川を横切り
槍が飛ぶ ひゅうん

野蛮人 落ちた
野蛮人 落ちた
そして眠る、お守り光らせて

やわらかい靄のように
やわらかい靄のように
彼の魂 飛んでゆく

そして太陽の球のなか
そして太陽の球のなか
斜めに突き刺さる さくっ

四つの戦争
四つの戦争
剣で空をおどかしている

殺された者の妻
殺された者の妻
膝で這いずって川のほうへ

殺された者の妻
殺された者の妻
ひとかたまりの石をわる

そして死人を隠す
そして死人を隠す
わられた石の下に、砂のなかに

四つの戦争
四つの戦争
四百の昼夜が押し黙る。

四百の昼夜
四百の昼夜
地球の上で時は打たない。

 (1938年6月27日)


第二次世界大戦がはじまる、前年に書かれた詩です。
ハルムスのような、言葉遊びと諧謔の詩人は、
押し詰まる戦争の空気に息が詰まりそうだったのではないでしょうか。

あ、それから。
・・・誤訳に気がついた方は、こっそり教えてください。

ハルムスの戯曲を訳してみました。

私はあなたにスープを贈った
受けるがよろしい、客として
なんならベンチにおかけください、すっかり食べてもかまいません

ここであなたにご忠告:
じゃがいもは歯で噛み切ること
骨は犬歯でかじること
肉は噛まずに丸のみすること
それから水は鼻から注ぐと良いですよ

グレゴリ- 皮が喉に詰まった
       私の背中を叩いてください
       小さな扉を開くかも

マーシャ  トン トン トン!

グレゴリ- どなたですか?

マーシャ ガラス瓶です。

グレゴリ- ほらね ほらね
       また夢を見はじめちゃった

マーシャ ところで何を見ているの?

グレゴリ- 家が見えるな
        家にはスープ
        スープは熱すぎウープすぎ

マーシャ そりゃまたどうしてなのかしら?

グレゴリー  俺に聞かないでくれ
       ガラスの小首をひねらないでくれ
       ほらね 片足で立ってるよ
       揺れもしないし転びもしない
       ブヨが頭の後ろをこずきまわす
       それでも空気が支えてくれる   
              夕方の 涼しい空気
       ほらね 足をすばやく動かせば    
       地面からもちあがってゆく
       ロウソクの上を飛ぶ 本の上を
       ハエが俺の足跡を覆う
       俺を追いかけて マーシャ!

マーシャ フック フック
      手袋飛んでけ
      あなたのかかとを捕まえる
      行けやしないわ やぶっ蚊さん
      フック フック
      スカート飛んでけ
      楽に走れる
      大またで。
      あらまあ、グリーシャ、柵が!
      ということは、飛び去ったのね


私はこれ、死に至るまでの過程だと思うんですけど。
ハルムスは刑務所の病院で、餓死しているんですよ。



ハルムスの詩を訳してみました。パート2

イワン・イワーヌイチのお願いとそれから何が起こったかについて

イワン・イワーヌイチ 言っちゃいな
キーカとコカに 言っちゃいな
柵の上で 言っちゃいなよ

あんたは蒸気機関車って話してるよ
なんで蒸気機関車なのさ?
蒸気機関車なんていらないよ。

ヘアピンやベレンダ-の方がいい
ひ から か く ごで ベレンダー
夢中にさせたぜ ベレンダー  

なんだかね ひとりの家具職人がおりました
ただし 筋肉もりもりの家具職人
糊を塗ってる 家具職人

つくったのは いすとつくえ
トンカチで つくったのは つくえ
ハシバミから つくった つくえ

彼はイワンといいました
お父さんもイワン
それで彼もイワン

かれにはお嫁さんがありました
お母さんじゃなくて、お嫁さん
お母さんじゃなくて、お嫁さんがね

彼女 なんて名前かなあ 今じゃ
思い出せないな 今じゃ
忘れちゃったな いー・・・まじゃ

イワン・イワーヌイチはいいました
すごく賢く いいました
キスしてくれよ(*)といいました

お嫁さんは彼に: ひょうろくだま!
あんたは だんなで ひょうろくだまよ!
いっちまいな ひょうろくだま!

あたしは あんたとは いやよ
そんなことするの いやよ
なんでかって いやよ

イワン・イワーヌイチは ハンカチとって
自分に向かって ハンカチ広げて
それからまた ハンカチしまって

いやなんだな、といいました 
ほうそれじゃあよ、といいました 
おれ いっちまうぞ、といいました

お嫁さんは彼に: ひょうろくだま!
あんたは だんなで ひょうろくだまよ!
いっちまいな ひょうろくだま!

あんたは 全然 わたしにあわない
あんたのことは 知りたくもない
あんたなんか ペッてとこよ

イワン・イワーヌイチは ちょっといかれちゃった
いっておくけど ちょっといかれちゃった
ウシキールカあたりで ちょっといかれちゃった

お嫁さんは 彼をここに
ぶんなげて そう ここに
そう それから もう一度 ここに

耳 ぶんなぐって それから
歯 たたき出して それから
ひっぱたいたよ それから!

イワン・イワーヌイチは くちごもり
ちょっとだけ こう くちごもり
くち ご、ご、ご、ご、ご、ごもり

いやなんだな、といいました
ほう、それじゃあよ、といいました
おれ いっちまうぞ、といいました

お嫁さんは彼に:ひょうろくだま!
あんたは だんなで ひょうろくだまよ!
いっちまいな ひょうろくだま!
だから 行っちゃった 彼は行っちゃった
馬車にのって 行っちゃった
汽車にのって 行っちゃった

お嫁さんは その場に のこった
そうして わたしは その場に いた
わたしら両方 その場に いたのさ


* 原文には品のない言葉が使われていた。(原作者註)

1925年 11月  

私の母にこの詩を見せたら、
「なあに、これ?なんだかちっともわからないわ」
といわれました。
さすがハルムス。
クールですよねー
  


ハルムスの詩を訳してみました。

七月 なんだか 我らの夏に 
昼の暑さを行ったり来たり
行くのは二人き「ょ」うだい コーリャとヤーシャ
そして出会った でっかいブタに

「ごらんよ 野原になんてブタが
歩いてんだろ」コーリャがヤーシャにおしいたよ
「あいつは どうだい コーリャ 
みた感じ おれらのパパよりデブになるよね」   
 
だけどコーリャはいったよ「うるせい ヤーシャ、
なにいってんだい
おれらのパパほどのブタなんて
まだ一度でも みたこたねえよ」

(1922) 

行替えがおかしいとか、字が違っているとか、
いろいろあると思いますけど、
全部狙いです。
ハルムスはクールですよねー


海賊版

映画館に行くと、よく予告の映画に続いて、
海賊版防止キャンペーンのCMが流れるのですが、
これが実に嫌なCMなのです。
「感動が、盗まれている」
っていって、女の人が涙を流すと、それが黒く染まっていって、
その滴がポチャンと落ちると、髑髏が浮かび上がってくるという・・・
そして最後に、
「私は観ない。買わない」
とナレーションが。

これを観る度に、私は大声で、
「私ハ観ルシ、買イマスヨ」と言いたくなります。
映画館に居て、ちゃんとお金を払ってさあこれから観ようという時に、
けん制されているみたいでカチンときますよ。

モスクワにいたとき、
バグラチオノーフスカヤという地下鉄駅を降りると、
ガルブーシカという大きなCD市場があって、
ここに売っているCDやDVDはみんな60ルーブリ程度でした。
それが6年前のことなので、今はもっと高いでしょうし、
そもそもガルブーシカ自体がないかもしれませんが、
60ルーブリというと、300円ほど。
つまり海賊版ですよね。
歌詞カードがついていなかったり、
パッケージがゆがんでいたり、
すごく粗い音質だったり、
欠点だらけの海賊版ですけど、
貧乏な留学生にとってはありがたいものでした。

ロシアでもテレビをつけると、
海賊版追放キャンペーンなどは良くやっていて、
大きなライブ会場でアーティストたちが音楽を鳴らして、
その横手に海賊版のCDをみんながんがん捨ててゆく、
というのを観たことがあります。
日本以上に海賊版が盛んですから、
こうなると闘いですよね。

私の父は文化は金で買うもんだ、といいますけど、
文化の値段が高騰してゆくにつれ、
質は逆にどんどん下がると思うのですよね。
ペレストロイカ後、ロシアの劇場や音楽ホールやサーカスは、
物価の高騰にあわせてどんどん値を上げてゆきましたし、
文化教育もお金しだいになってきました。
それで競争によって質が高まったかというと、
どうしてどうして。
かえって民衆の要求に合わせてレベルが下がってきてしまいました。

12000円のバレエとただのテレビがあったら、
大抵の人はテレビを観るでしょうし、
ましてや子供にそのバレエを見せてやれるのは、
実力のある親だけですよね。
大体子供は12000円のバレエより、
バラエティー番組の方が好きでしょうし。

私は、基本的には芸術や文化は安いほうがいいと思うのです。
国がお金を出して、
ただ同然の値段で良質の文化を手に入れられる環境を作ってほしいです。
そうじゃないと文化って遠いものになってしまうし、
人は自分から縁遠いものをなかなか愛せないし。

海賊版というのは、商品としての質は粗いかもしれないけど、
芸術としての質は本物と同じなわけで、
そういう風に考えてみれば、
貧乏人にとっての光明だと思います。
そういう抜け道が、劇場にもできればいいのに。
天井桟敷みたいな、
二束三文の席がもっと出きればいいのになあと思います。


キング・コング

昨日、多摩センターのシネコンで、
『キング・コング』を観てきました。

いやあ、最高でした。

多摩センターのマイカルシネマのレイトショーは最高なんですよ。
私は一人で観にいったんですけど、
客は私一人。
巨大スクリーンを独り占めでした。

靴を脱いで前の席に足をのっけたり、
弟からかかってきた電話に出たり、
カバンの中にたまたま入っていたワインボトルを開けたり、
ルール違反をやりたい放題。
まあ、他に人がいないので。許してください。

ペテルブルグで私が一番好きだったのは、
ネヴァ川のほとりにある古いサーカスで、
アイスを食べながらビールを飲んで、
蛍光の光る腕輪を買って、それを振り回すことだったんですけど、
日本で一番すきなのは、多摩センターのマイカルシネマかも。
いつ行っても人がいないのでそのうち潰れるかもしれませんから、
今のうちに堪能しとかなきゃ。
ということで、現在レイトショーの鬼となっています。
週一、二本は観てますよ。
レイトショーは安いですし。

『キング・コング』は期待していた2,5倍ほど良かったです。
本当に、全然期待していなかったんですけど。
ヒロインを含めて皆バカっぽくて、それが本当に良かったですね。
しかも、わざとバカっぽくしてみました、
というのが透けて見えるのではなくて、
ちょっと本当にバカっぽくならざるを得なかった、という、
ある種リアリズムのバカなのですよ。
それでいて確信犯。
すごい笑えました。
『オリヴァー・ツイスト』を先週見たのですが、
私は断然『キング・コング』派でしたねえ。

キング・コング自身も、素晴らしかったわあ。
最後には、あんな彼氏が欲しいと思わせられました。映画マジック。
完璧なまでにワイルドですしねえ。
いっそ結婚しちゃえばいいのに!と映画の間中、ずっと思っていましたよ。
観ていた人は全員、そう思っていたんじゃないかな。
あ、観ていた人は二人か。

映画館から出てきたとき、雪が降り始めていました。
積もり始めていて、すごくきれいでした。
映画館から家まで20分くらい歩くのですが、
あっという間でした。









フライトプラン

ジョディ・フォスターの最新作、
『フライトプラン』を観てきました。

最新鋭のジャンボ旅客機の中で、女性航空機設計士カイル(ジョディ)の六歳の娘が忽然と姿を消した。カイルは必死で捜索するが、乗務員にも乗客にも、娘を見たというものは一人もいない。娘の痕跡は完全に消され、荷物や航空券はおろか、搭乗記録すら存在しないことがわかった。容疑者は、400人を超える乗務員と乗客の全て・・・。手がかりはゼロ。だが、カイルには娘への限りない愛と、この旅客システムについての豊富な知識があった。見えざる邪悪な陰謀に立ち向かうため、カイルのたった一人の戦いは始まる。高度一万メートルの《密室》はいま、史上最悪の《戦場》と化した!!

というお話なのですが。

ひとつだけ言いたいことは、この映画の中では、
ジョディ・フォスターが誰よりも怖いということです。

もう、最初から目がイっちゃっててねえ。
青い目がキュウウッと吊り上って、涙を浮かべながら、
きょろきょろ助けを求めて泳ぐのです。
妙に痩せて筋ばっているし、こめかみに血管は浮いているし、
形相が並じゃない。
娘に対する愛もなんか狂信的な感じだし、
最初から半狂乱なわけですよ。
こんな人が飛行機に乗ってたら超怖いなって思いました。
リアルで。

途中でジョディはアラブ系の男性に疑いをかけます。
彼が自分たちのアパートの窓を覗いていたと言い張って、
「娘はどこぉぉぉ!」
って叫んで殴りかかるんですよ
おかげで、そのアラブ人の周りはすごいいやな空気。
アラブ人のこと、周囲の乗客はじろじろ見て疑うし、
他の客から犯人扱いされて怒鳴られたり。
結局最後、アラブ人は全く関係なく、
完全な冤罪であったことが判ります。
しかし、絶対に謝らないジョディ。
最新の飛行機は爆破し、
娘をさらった犯人も一緒に吹き飛ばし、
徹底的に報復したのち、
自分を信じなかった人達には謝らせて、
意気揚々と引き上げていくんですけどね。
車に乗り込むとき、
冤罪アラブ人がジョディにカバンを拾ってあげるのですが、
その顔を見ながら、黙って高飛車な微笑をなげかけ、
走り去るジョディ。
おいおい、謝れよ。これが噂のアメリカン・ウェイですか。

いやー、・・・・観なきゃ良かった。
『パニックルーム』に引き続き、
ジョディ・フォスターってどういう基準で脚本選んでいるんだろう?
あ、でも、普段は見られないような飛行機の内部が映るので
それは結構良かったかも。
プロフィール

Kachika

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