あっぱれ沢尻

今日、偶然沢尻エリカの離婚成立記者会見なるものを観まして、
あまりの見事な別人っぷりに大爆笑しました。

いやあ、すごいね、沢尻。
あそこまで行くと演劇ですよね。
何でしょう、あの透き通った瞳は(笑)

それにしても、
沢尻エリカって心底からメディアをなめているというか、
あれで何とかなるって思ってるところが本当にすごいなって、
私なんかは感じ入るところがあります。

で、多分、メディアはそれに乗っかって、
やっぱり沢尻さんの仕事は増えるんだろうし。
そうなるとやっぱり、
あれで何とかなったって事になるんだろうな。
すごいな、やっぱり。

「正義とはイメージである」って良く言いますけど、
まあね、沢尻エリカの場合は本当にそうですよね。
清純派もイメージ、
わがままもイメージ、
破滅型もイメージ、
復活もイメージ。
そのどれもが沢尻エリカにとっては本心とほど遠い嘘っぱちで、
その見え見えな嘘で世間が踊らされるから、
沢尻エリカの演劇はますます堂に入ってくる。

ただ、沢尻エリカの場合は、
多分実際は怖ろしく本音に正直な人で、
そのイメージが「嘘」であることを、
大人が創ったそばからバラすから、
それが面白いのでしょうね。

沢尻エリカの演技は台詞が映画の吹き替えみたいだし、
ちらりと見える素の表情が醜すぎて、
私は好きではないのです。
でも、彼女の実人生を舞台とした演劇自体は、嫌いじゃないですね。
つくっては壊し、つくっては壊し。

今回、
結構作り込んだ感じで清純派を出してきたので、
次回は、
咥えタバコかなんかで登場してくれるのかな。
楽しみです。







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ヘンリー氏の小さな劇場

昨日は恵比寿に行って、
そこの精神科のクリニックでハロルド・ピンターのお芝居を観てきました。
私の乾電池時代の先輩で、
そこの演出家&劇作家であったヤマトさんの企画です。

ヤマトさんは精神科医でもあり、
現在は院長先生になりました。
本も何冊か出版して、
着々と名声を築いています。

ヤマトさんは乾電池のなかで、
私が唯一好奇心を持って眺めることの出来た人でした。
この人どういう人なんだろうなあ、と、
ちょっとわからない感じなのです。
演劇界は様々な強い個性の集合体ですが、
その中に、本質的な別人種がいる感じ、というか。

大人なのになんだか頓珍漢で、
自分の立ち位置や身の処し方を計りかねている感じがあり、
本業ではとても優秀な人らしいのに、
演劇の現場ではなんだかウロウロしているのが変でした。
ヤマトさんをウロウロさせているのは、
演劇に対する断ちがたい愛情と憧れで、
それが自分でもコントロールできないんだろうな、
と私は思ったものでした。
その感じは好きでしたけどね。

一文にもならない演劇に有り余る金となけなしの時間を注ぎ込み、
奥さんをまきこみ、
トラブルにもまきこまれ、
無理やりカオスな現場に染まろうと奮闘し、
いやな思いを散々していた当時のヤマトさんを見て、
どうしてこの人は演劇を続けるんだろうな?
と思ったものです。

でも昨夜観たヤマトさんのピンターは、
私を感嘆させました。
単にお芝居として面白い出来に仕上がっていた、
だけではなく、
良質な演劇空間を日常のなかにつくりだし、
面白い人々の社交場をつくりだし、
そして想像力がうんとふくらむような演出と、
嫌味のない役者さん達をつくることに成功していたから。
自分の職場が舞台であるということで、
そこをどう使うか、よく知っているという感じもあって、
構成なんかも自由自在で洒落ていてね。
新宿二丁目通いの成果も出ていたし、
これはヤマトさんの、
あの人生の結果としてしか出てこない劇場なんだなあ、と思いました。
それと同時に、
ヤマトさん、色々なことをぶっちぎったな(笑)
と、もうそれも面白くてね。
50歳を越えた人が色々なことをぶっちぎるってスゴイ事ですよ。
お芝居に奥さんが出てくるし。
その奥さんも、もともとはエレガントで洒落た人なのに、
すごいことになっているし。
思い出すとクスクス笑えるのです。
演劇そのものを楽しんでいる感じが、
観ている方にも伝染するような空間でした。

私はヤマトさんには山ほど世話になっているので、
日本にいる時にヤマトさんが何か企画すれば、
それはもう必ず行くのですが、
今回は義理とか恩じゃなく、
ただもう面白かったです。
そのくらい良質な小劇場でした。
この人の創る芝居はよくわからないけれども、
この人にはついていこう、と決めた20歳の私の判断力に、
今さらながら惚れ惚れします。
間違ってなかったな。

それにしても人間というのは、
その場にいるその人だけが全てではなくて、
色んな可能性を秘めたものなのだなあ、とつくづく思ったことでした。
私もあんな風な年の取り方、戦い方がしたいものです。






自分の民族の過去というもの

先日、ロッテルダムのRoTheaterというところで、
"Heimwee"(ホームシックの意)というお芝居を観てきました。

これは、色々な国から集まってきた、
この国の移民たち(ロッテルダム在住の普通の移民)が、
自分たちのホームシックについて口々に語る、
という形式のお芝居です。

舞台がバーのカウンターになっており、
客席がそれと同じ平面のテーブル席になっていて、
つまりは客も出演者も同じ空間を共有できるようになっているのが、
とても親密な感じでした。

出演しているのは皆ロッテルダム在住のそこらの移民で、
私も言ってみればロッテルダム在住のそこらの移民ですから、
なにかご近所さん同士でおしゃべりしているような、
気軽な感じがすごくしました。

年齢はバラバラ、出自もバラバラ。
ソマリアから来た若い女の子とか、
インドネシアから来たおばあさん達、
アルメニアから来た若い女の子、
グルジア出身のピアニスト、
イタリア出身のおじさんギタリスト、
ドイツ人のもと船長だというおじいさん、
スリナムから来たヒッピーみたいなおじさん・・・
いやあ、大変ロッテルダム的でした。

舞台自体も面白かったです。
たとえば、
グルジア人のピアニストは眼鏡をかけた中年女性で、
とてもインテリっぽい乾いた風貌の人なのですが、
その人が言うのです。

「私は13年間故郷に戻りませんでした。
 その間、ずっとホームシックなんていうものを自分に許したことはありません、
 だって、送り返されないようにするのに必死でしたから」

つまりは難民な訳です。

そういうそれぞれの事情を抱えつつ、
時にユーモラスにカルチャーギャップを語り、
時に感情的に過去を語り、
涙あり笑いあり、
歌あり踊りあり、
アマチュアならではのセリフの順番を忘れる、といったアクシデントありの、
面白い舞台でした。
なにしろ、これを戯曲としてまとめた脚本家が舞台の上にいて、
誰かが話の順番を忘れたりすると、
「次はあなたよ」と指示しているのです。
ほのぼのしていました。

私は舞台の前半、
涙をこらえていました。
何かね、最近、人々が集まって何かしている、
というのが、心に沁みてねえ。
意味なんか半分くらいしかわからないのに、
どうにも涙が出てくるのです。

でもね、途中でインドネシア人のおばあさんが話し出した時、
私は背中に冷や水を浴びせられたような気分になりました。
まあ、話は半分くらいしか分からなかったのですが、
彼女の話の中には「JAP」という言葉が山のように出てくるのです。
第二次世界大戦中にインドネシアにいて、
その後インドネシアから逃げるようにオランダにやってきた女性です。

なんでもね、
当時ジャカルタにいた彼女は、
道で女友達と遊んでいて、
そこに駐留していた日本兵がやって来たそうですが、
彼にお辞儀をするのを忘れたそうです。
彼はいったん通り過ぎたのですが、
また引き返してきて、
彼女の頬を続けざまにビンタしたとか。
それが彼女の心に恐怖を植え付け、
その後日本人が怖くてたまらなくなった、という話でした。
まあ、もっとディティールがあるのですけど、
私のオランダ語では大まかにしかわかりませんでした(笑)

ジャップ、という日本人の蔑称を、
オランダ語ではヤップ、と発音します。
この話をする間、
このインドネシア人のおばあさんは、
あのヤップがやってきて、
ヤップに占領されて、
ヤップに何かを取り上げられて、
ヤップの収容所に入れられて、
と、絶え間なくこの「ヤップ」という言葉を使うのです。
ヤップの洪水みたいでしたね。
その場にいるヤップはもちろん私だけですし、
名指しで言われているみたいでおぼれかけましたよ、まじで。

よく言いますよね、
インドネシアはオランダの植民地で、
日本はインドネシアをオランダから解放したんだから、
インドネシアには親日が多いって。
私だって日本にいた頃そんな話を聞いていて、
そんなもんかなと思っていたのです。
でもね、あれ、どうやら日本人の希望的推測にすぎませんよ。
現にこうやって、
戦後七十年経ってもあの頃の憎しみを忘れられないインドネシア人がいる訳ですから。

やっぱりね、いい気なものだ、と私なんかは思う訳です。

第二次世界大戦中のインドネシアにおける日本人の振舞い話を聞いて、
私が言葉を失うのは初めてじゃないのです。
むしろ、彼氏の実家に行く度に言葉を失っておりますよ。

私の彼氏の父親(ディック)は、
御年83歳になりますが、
インドネシアで16歳まで育っているのです。
戦争が起こった時、インドネシアにいて、
父親と当時18歳だったお姉さんが強制収容所に入れられています。

ディックの父親は、
戦争中ずっとインドネシアに日本人がつくった強制収容所に入れられて、
戦後出てきた時には体重が40キロしかなかったそうです。
もう抜け殻みたいになっていて、出て来てすぐ亡くなったって。

別々の強制収容所に入れられていたお姉さんとも、
私は事あるごとに顔を合わせますが、
やっぱり昔の思い出話でよくこの大戦中の話が出てきます。
なにしろ青春ど真ん中が強制収容所ですし、
その後何の関わりも日本と持っていないので、
日本人と話すとなれば強制収容所の話しか接点のある話題がないのです。
その度に私は、ハラハラ、ドキドキ。
白馬事件的な話が出て来てしまったらどうしようかと、
居ても立ってもいられないのです。
向こうに悪意や当てこすりみたいな意味はない事はわかっていますけど、
どうにもこうにもね。

でも何となく私がそれを乗り越えられるのは、
私の祖父母のおかげです。
なにしろ戦時中は、
共産党で、
反戦運動をして、
牢屋に入れられて、
公安から拷問受けてますから。

だから私は、
結局みんなからは「日本人」という括りで一緒くたにされようとも、
心の中では「私は関係ない。」と思っていられるわけです。

私はオランダに来てから、
本当に、本当に、
自分の祖父母を誇りに思うようになりました。
というか、
「ありがとう」と拝むような気持ちです。

私の祖父母は結局力が及ばず、
日本の戦争には何の抑止力にもならず、
ずっと非国民扱い・裏切り者扱いで戦後を迎えた訳で、
その後の日本でもレッドパージにあって職に就けなかったり、
まあ散々な生涯を終えている訳ですが、
彼らがそうやって、
物凄い思いをしながらも信念を通してくれたおかげで、
私は堂々としていられるのです。
ここには何の含みもありませんよ。
祖父母が反戦平和のために戦ってくれたことは、
私の大きな誇りですし、
心理的に私を守ってくれています。

日本は今、
憲法を改正しようという動きが大きくなって、
中国とか韓国を敵視して、
何かと愛国心だとか絆だとかって一致団結しようとしていますが、
私たち一般市民にとって、
本当にそれは必要なことなのだろうか。
ちょっと、ちょっと、待ってよ、と言いたいのです。

私たちの行動の結果は、
何もかもが終わった後も、
必ず相手のなかに残るのです。

今は中国人も韓国人も日本人も手は出さずに、
単に悪口を言いあっているだけだから良いけれども、
これが本当に何かの実行を伴った場合、
その禍根というのは放射能と同じくらい長く消えないぞ、と言うことです。

戦争が終わって、
十年経って、二十年経って、
女の子が娘になって、女の人になって、
子供を生んで、働いて、
中年になって、老年になって、
その間ずっと心の中で私たち日本人を恐れ、
憎み続けて許さない女性がいるのだという事を、
忘れてはいけないなあ、とつくづく思った事でした。










おつかれさま

トゥルーパ公演・グリシコヴェッツ『冬』が、

一昨日やっと千秋楽を迎えました。

お越しいただいたお客様、

スタッフ・キャストの皆様、

この『冬』に目を留めて、

私財を投げ打って上演にこぎつけてくれた牧田君、

どうもありがとうございました。


木村卓也さん・福田陽一さん・牧田侑士さん、生天目仁美さんが、

私の乾電池時代の同期で、

乾電池の養成所にいた十二年前からのお知り合いです。

あの頃から、みな変わらないような、変わったような・・・。

スタート地点を知っているだけに、

「ああ、こうなったのかあ」などと、感慨深いものでした。

一種の同窓会ですよね。


演出の牧田君には、感謝で一杯です。

なにしろ、この私の翻訳に目を留めてくれて、

お金を集めて人を集めて、スタッフを集めて、

演出をして主演をして、

その苦労は並大抵ではなかったと思います。

マッキーさんはもっと売れてもおかしくない!

いや、上演してくれたから言うわけじゃありませんが。

背だって高くて、器量もいいし、

役者としての腕もあるんですよ。

本当に。

あとは愚痴っぽくなくなれば最高ですけどね。

あー、改名すればいいんじゃないかな。

マッキー牧田に。

福田さんは、いい具合に年を重ねていて、

洒落のわかるジジイになりつつある感じ。

楽屋でも稽古場でも冗談ばかり言っていました。

そのくせ私が何かお芝居について話すと、

一番わかってくれるのが福田さんでしたね。

適当に返事していただけかもしれませんが(笑)

実家に稽古場をつくったそうで、

今度からトゥルーパはそこを本拠地にしたいほどですよ。

思えばグリシコヴェッツも地方の演劇人としてスタートしたのですから、

それにあやかって(?)、とりあえずトゥルーパの母体になってほしいです。


キムタクさんは、乾電池研究所の卒業公演の時に、

ものすごい動員数だった人で、

伝説の男と呼ばれています。

結構ずばりと正直に発言するわりに、

まったく門が立たない得な人で、

今回も現場の雰囲気を随分やわらげていたみたい。

仕事と並行して稽古に出てくるのは大変だったと思いますが、

昔より芝居はうまくなっていたような気がします。

福田さんとキムさんは大人で、

まあ私が一緒にお芝居やっていた時からもう大人でしたけど、

一緒にいると安心しますし、

面白い人たちです。


一方で、

東京乾電池の渡辺スグルくんや、

前川あや子ちゃん、川村絵梨ちゃんなど、

若いキャストの方々と知り合えたのも楽しい経験でした。

なにしろね、みずみずしい感じでした。

若いというのはやっぱり、いいものですね。

女の子たちなんか、ちょっと触りたくなるような質感で、

きれいで、素直でね。


だけどナバちゃんも、

年は私と同い年で、もうそろそろ年増の類ですが(笑)、

若い女の子たちに比べて技術や内容という面でちゃんと勝っていて、

やっぱり人に観られる仕事をずっとしているから綺麗で、

良い女になっていて、それはそれで嬉しかったり。

ナバちゃんのファンはみんな感じが良くて、

それは暖かくナバちゃんを見守っているのですが、

やっぱり人柄ってあるだろうなという感じがしました。

一度、私が人気者のナバちゃんに嫉妬して、

「あー、私も有名になりたーい」と楽屋でほざいたところ、

ナバちゃんが

「よーし、わかった。おいでおいで」と手招きをして、

一緒に写真をとってナバちゃんのブログにアップしてくれました。

するとその直後から、「顔を覚えました。」というコメントが一杯書き込まれて、

ちょっとその影響力にびびりましたね。

ほんの洒落だったのに。

か・・・顔は覚えなくて大丈夫です。

一般人です。


というわけで、様々なことを考えた公演の日々でした。

ご来場に皆様につきましては、

今度またこういう機会がありましたら、

また是非是非足をお運び下さい。

今回は都合が会わなかった皆様は、

次の機会はよろしくお願いいたします。

そんなこといっても、次の機会が来るかどうかわからないのですが、

来ることを心から願いつつ。


それでは。

突然ですが、皆様

突然ですが、皆様、

私は日本に帰ってきています。

といっても、オランダを投げて、オランダ人も投げて、

もうどうでもいいわ、とネガティブになっている訳ではなく、

今度も仕事および家族との対面およびビッグイベントが目的の、

ポジティブな一時帰国です。

あー、よかった。

まあ、別によかないかもしれませんが。


仕事、および家族との対面は、まあいいとします。

久しぶりに会った甥っ子が二歳になっていて、

歩きもするし話もするし、

まあ巨大になっていて驚きましたが、

みなさんはそんな話にそれほど興味はないと思います。


それでは、ビッグイベントとはなにか。

今日はこのことについて書いてみたいと思います。


私は二年か三年ほど前に、

エヴゲーニィ・グリシコヴェッツという人の、

『冬』という戯曲を翻訳しました。

まあね、翻訳といっても、本になっているわけじゃなし、

雑誌に載ったわけじゃなし、

自分と一部の友人だけがその存在を知っている類の翻訳作品ですが。


ところが皆さん、ご存知の方はご存知だと思いますが、

私はペテルブルグの演劇アカデミーに入る前、

つまり日本で大学生だった頃に、

並行して東京乾電池という劇団の劇団員だった時期がありました。

大学卒業とともに、籍だけは残してロシアに渡ってしまったわけですが、

それでも私には東京乾電池に、幾人かの同期と呼ばれる知り合いがいるのです。


この同期がね、今回私のこのグリシコヴェッツの『冬』、

なかなか日の目をみない私の翻訳作品に情けをかけてくれまして、

このほど上演の運びとなりました。

同期というのは、やはり良いものですね。

オレとオマエは同期の桜、という歌がありますが、

「今年の12月にやることになったよ」と演出のマッキーさんから言われた時、

私は頭の中でこの歌を歌いましたよ。


まあ数年を経るうちに、私の同期もああなったりこうなったりで、

今回のメンバーで乾電池に残っているのはたったの一人という有様ですが、

生天目仁美さんなんて、乾電池をやめたあと、声優として売れているそうですよ。

「まぶらほ」とか。

知ってます?

・・・まあ私も見たことはないので、具体的なことはいえないのですが、

なんと主役ですよ。全国ネットのアニメでもって。

売れてます。

乾電池には例のない売れ方といっても過言ではないでしょう。

彼女が今回はヒロインなのですよ。

「まぶらほ」主役に次ぐ大抜擢。

そして客寄せパンダなのです。


けれど私としては、

アニメオタクだけではなく、ロシアオタクの方々も、

ぜひぜひいらして頂きたいのです。

かなり通の方でも、

エヴゲーニィ・グリシコヴェッツの名を知っている方はそれほどいないと思います。

なぜかといえば、

日本に紹介されるロシアの劇作家って、

まずチェーホフ。

それからチェーホフ。

そしてチェーホフ。

最後にチェーホフ。

そのくらいだからです。

いってオストロフスキーくらい?

随分前に亡くなっている、巨匠と呼ばれる人ばかりです。


でもこのエヴゲーニィ・グリシコヴェッツは、

1967年生れの42歳。

まだ随分若いのです。

ロシアの松尾スズキといいましょうかねえ。

劇作家であり、コラムニストであり、演出家であり、俳優であり、ミュージシャンであり。

ロシアの宮藤官九郎といいましょうかねえ。

まだ生きているだけに、後世における評価は決まっていませんが、

そのぶんアクチュアルでもあり、

その仕事をオンタイムで見守れる人でもあり、

良かれ悪しかれ、現代ロシア演劇界の中で注目を集める若手のうちの一人です。

後学のために、一度観てみて損はないのではないでしょうか。


ということで、皆さん、

東演パラータにて、

12月2日~6日にかけて、

演劇グループのトゥルーパによって上演されます。

ぜひぜひぜひ、観に来てくださいな。


私もねえ、自分が翻訳したものが形になるのは初めてのことなのです。

ドキドキ、ワクワクしているのです。

公演の日には劇場をウロウロしていると思いますので、

スタッフでも出演者でも観客でもなさそうな、

挙動不審の女をみたら、ぜひ声をかけてくださいな。

それ、多分わたしです。


それでは、みなさま、ごきげんよう。











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