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イスラム国 暴虐を繰り返す訳

イスラム国が暴虐を繰り返すおかげで、
最近戦争の事についてよく考えます。

この「イスラム国が暴虐を繰り返す訳」っていうのは、
アメブロのニュース欄の見出しなのだけれど。

でも、イスラム国が暴虐を繰り返す訳なんか掘りかえしたって、
何にも出てこないような気がします。
戦争してるっていう、ただそれだけが理由。
イスラム国だから暴虐を繰り返している訳ではないし、
イスラム国が国ではなくてテロリストの集団だからでもないし、
ムスリムの掟が暴虐を奨励しているからでもない。

戦争になると、人は暴虐になる。
そして、暴虐になることに抗えなくなるのだろうと、思います。

戦争について書かれた本や記事を読めば、
それこそどこの誰ってことではなく、
世界中の軍隊がそれぞれ暴虐の限りを尽くしています。
古代から第一次・二次世界大戦からイラン・イラク戦争から湾岸戦争に至るまで。
ヨルダン人のパイロットが生きたまま焼き殺されるという衝撃の映像は、
確かに心底恐ろしかったけれど、
じゃあどこの国だったら、有史以来一度も人を生きたまま焼き殺さなかったか?
と問われれば、やらなかった国の方が珍しいんじゃないかしら。

つまり人間は、
必要があって追いつめられれば、
相手を生きたまま焼き殺してしまうものなんだと思います。
イスラム国はハンドメイドでやっているから残虐に見えるけれど、
アメリカ軍は遠隔操作の爆弾でやっていて、
だけどそれだって生きたまま焼き殺していることには変わりないですしね。

私だってあの場にイスラム国の兵士として居合わせて、
大きな銃を構えた怖ろしげな上官に、
「さあ、火をつけろ」と言われたら、
「そんな非人間的なことはいやです!」と果たして言えるかどうか。
自分が制裁を受ける可能性があったりしたら、
言える確率は消費税程度のパーセンテージだろうと思います。
そういう意味では、私は全然自分の英雄性については信じていないのです。
それに、要するに戦争な訳だから、
火をつける人がその場では英雄なのでしょうし。

だから本当に、
戦争っていうのは始めない事が肝要だなと思います。
湯川さん・後藤さんの人質事件に際して、
「こういう場合に自衛隊を派遣できない不自由さ」うんぬんを口にする人がいましたけど、
仮に送れたところで、
自衛隊の人がイスラム国相手に何が出来るっていうのかしら。

自衛隊員だって、
平和な日本で同じように何不自由ない育ち方をしてきた、
本当の戦闘なんかしたこともない日本の若者たちでしょう。
そんな自分のところの男の子たちを究極のアウェイ・イスラム国に送って、
子供の頃から銃を持たせられて、
自分の手で人の首が切れるような、
そういう猛者たちと彼らのホームで対峙させるって、
それで自衛隊が人質を彼らから奪還することができると思うって、
どんだけドリーマーなんだろう(笑)

私は自分の国の若者を、
そんな状況には絶対に送り込みたくないです。

イスラム国の人たちが現在暴虐の限りを尽くしているのは、
彼らがとても過酷な状況にあり、
失うものが少ない割に怒りが大きく、
思想としての宗教が背骨となって彼らを支え、
そしてやはり、
西洋の側とは比べ物にならない問題意識を持っているからだと思います。
彼らはモンスターだと思うけど、
戦争になったら皆モンスターですよ。
なりたくなくてもモンスターになってしまう。

本当に、戦争だけはつくづくイヤだなと思います。
誰かがサイコキラーの鬼みたいになったり、
その誰かに殺人を強要されたり、
お互い同士疑心暗鬼になって殺し合ったり、
制裁したり。
あとから総括すれば醜くて残酷で暴虐だけれども、
その場にいたら逃れられない事ってあると思うし。

イスラム国の人たちは、
どうしたら自分の暴虐から逃れられるのだろうか。
彼らをそこから逃がしてやる方法はないのだろうか。

でも私たちにとって一番大切なことは、
私たちの男の子を、
暴虐の加害者にしたり被害者にすることから守ることかなあ、と思うのですが。
でも多分、怪我しないと痛みがわからないのと同じで、
いざその場になってみないと、
逃れられない事の恐ろしさって想像できないのかもしれないけれど。







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言論の自由とは

シャルリー・エブドの問題は、
人種差別と言論の自由の問題について、
色々考えさせられました。

私自身、まだ考えがはっきりまとまらなくて、
何かを読んだり聞いたりするたびに、
考えがクルクル変わります。

要するにスケールの大きなビートたけしのフライデー襲撃事件ですよね。
ムスリムだとか何だとかは関係ないと、
すでに多くの人が口にのせていますが、
私もそう思います。
これはやはり、「言論」というものにたいする見識を、
現代社会が問われているのではないか、と思うのです。

その中で、なるほど、と思ったのが、
藤原敏史さんという映画監督が書いた意見文でした。

http://www.france10.tv/international/4581/

(前略)よく知らない、自分の所属するのでない文化やその権威を揶揄する際に適確な風刺に到達するのは、本来ならより難しい。無知ゆえの見当違いで風刺がスベるリスクが常にあり、だからこそ当然ながらより慎重さと作品のクオリティを高める努力が要求される。だが実際には、今回の事件で「週刊シャルリ」がこれまで掲載して来たムハンマドの漫画などが報道やネットに流れたが、率直に言って風刺としてはかなり出来は悪いというか揶揄として成立しておらず、ちっとも笑えない。はっきり言えば自己満足の笑いでハタ目にはスベりまくっている。にも関わらずこれを笑うフランス大衆が多いとしたら、痛烈な風刺が怒るスレスレで笑いに転じるのではなく、最初から差別対象をバカにすることそれ自体が楽しいからだ。

(中略)

出来の悪い風刺、失敗したギャグだけなら、つまらないだけですぐ忘れられる。だがイスラム教徒への差別意識、アラブ系移民の増加を脅威とみなす排外主義の素地がある社会では、出来の悪い風刺の方がむしろ売れるのは、イスラムに関する知識がなく興味もない読者が楽しめるからではないのか? その差別を受ける側から見れば、そこまで安易で怠惰なやり方で自分たちがバカにされながら、抗議したところで自分たちが「言論の自由が分かっていない」と相手方のルール、その実差別するマジョリティの傲慢な圧力で握りつぶされるだけだと、すでに痛いほど分かっているマイノリティがいる構図を、「週刊シャルリ」が無視してしまって来たことは否めない。


まあこれ、本当にわかる感じなんですよね。
私は一番納得できた主張でした。
ぜひ全文を読んでほしいですね。

以前私は「Ushi must marry」という映画を観て、
「死ねばいいのに」というブログを書いたことがあります。

やっぱりね、日本と中国の文化の違いもよくわかっていないような人間に、
バカだといわれ、
背が低いといわれ、
しゃべり方が変だといわれ、
メガネをかけてるといわれ、
がにまたで歩くといわれ、
文化から何から「ヤバいぐらい醜い(笑)」みたいに風刺されるのは、
猛烈に腹が立つものです。

自分で自分の事を批判し、風刺し、笑いのめすのは、
エスプリであり客観性というものでしょうけど、
その刃をよく知らない他人に向けた場合、
それは品のない嘲笑でしかない。

特に私たちヨーロッパに住むマイノリティ、
常日頃から多かれ少なかれ差別の対象になっている人間は、
笑い者にされれば反撃の術なんか持ってないのです。
だからね、
わたしはやっぱり、シャルリー・エブドの風刺画っていうのは、
弱い者いじめではなかったか、という、
藤原さんに賛成なのです。
私もそう思います。

小学校時代に、
みんなで一人の男の子をからかい倒して、
最終的にその子がみんなに向かって机を投げて
大問題になったことがあります。
もともと感情のコントロールがうまく出来ない子で、
成績も悪ければ運動神経も悪く、
かといってハンサムな訳でもなく、
まあ要するに、みんなバカにしていた訳です。
そうして煽って煽って爆発させて、
机を投げた後も、
「やっぱりあいつは動物だね(笑)」みたいな感じで、
更にバカにされていましたよ。

このシャルリー・エブド事件に、
同じノリを感じてしまうのは私だけでしょうか。

フランスではこのあと、
パリ銃撃事件の犯人に共感を示したコメディアンに、
逮捕状が出たそうですね。
彼は、
「自分は人を笑わせようとしただけで、シャルリー・エブドと同じだ」
と言っているそうです。
要するにバカにする対象(彼の場合はユダヤ人)によっては、
言論は全然自由じゃない。

ムスリムの人々は、
良かれ悪しかれ、
この欧米がリードしてきた現在の世界に、
一石を投じていますよね。
私は本当に考えてしまいました。

文明の衝突が激化することによって、
ムスリムの人たちが一方的にひどい目にあわなければ良いなと、
つくづく思います。
ムスリムの人たちの考えかた、
ムスリムの人たちの問題提起は、
西欧社会にとってとても大切なことなのではないかと思うからです。

戦争とか慰安婦とか

オランダ政府はイスラム国に対する制裁に加わって、
武器だの兵士だのを中東に送るそうです。
アメリカが本格的にイスラム国に対する空爆を始めたら、
それに乗っかってまたヨーロッパも攻撃に加担するのかな。

まあ、イスラム国は怖いですけどね。
入ってくるニュース、入ってくるニュース、
全部イスラムおよびムスリムの民たちの狂犬振りについてですしね。
ニュース読んでいると、
もう本当に粗暴で、狂暴で、
女性を性奴隷やらモノ扱いにしていて、
人を殺すのも何とも思わないし、
十代から銃だの血だのに慣れ親しんで、
彼らに捕まったら最後、拷問されて国家に金要求されて、
応じないと首切られて殺される的な、
もうムスリムにたいして闇雲な恐怖を起こさずにはいられないような、
そんな感じの記事ばかり。

日本にいてああいう風な記事を読む人たちは、
実際のムスリムには会ったことない人がほとんどでしょうから、
それだけに、
「ムスリムは危ない」と思うしか選択肢がないでしょうね。
一択ですよ。

でもねえ、私はオランダにいて、
ムスリムの知り合いもいますし、
町で毎日のように会いますし、
仕事も一緒にする訳です。
そうして思うのは、
やっぱりちょっと、
報道の仕方が一方的すぎないか?という事なのですよ。

嘘とか捏造とか言っている訳じゃなくて、
多分報道されている事は実際行われている事なんでしょうし、
ムスリムの人たちのやたらと血の熱い感じの暑苦しい行動線をみるかぎり、
あー、やっててもおかしくないなあ、とは思うのですよ。

ただね、
普通の報道を追っているだけでは、
聖戦(ジハード)とやらを行わなくてはならない理由、
あっち側の理屈みたいなものがなかなか見えてこない。
ただもう人殺しが好きで好きでたまらないからやってるみたいな、
高校生が友達殺して首切っちゃったのの延長線上でやってるみたいな気がしちゃう。

だけど、イスラム国の人たちは、
快楽殺人を犯している訳ではもちろんないのです。
文字通り命をかけて、
米英欧相手の、負け戦に決まっている闘いに身を投じている訳です。
個人的にではなく組織的にやっているのだし、
ヨーロッパからも絶え間なくジハードに参加する人々が現れています。
そこには絶対に何か、
人格以外の理由があるはずですよね。

イスラム国の人々が狂犬である前に、
彼らを狂犬にした理由が必ずあると思うのですよ。
英欧米がまずイスラム諸国に何をしたのか。
そして現在も何をしているのか。
それをはっきりさせることなしにジハードを語っちゃいけない。
そう思うのです。
でもマスコミはそれを、
私みたいなバカにも分かるようには絶対に説明してくれないしね。
イスラム国に関する報道ほど、
情報のコントロールを感じさせるものはありませんね。
もっとも、イスラム国もジャーナリスト殺しちゃうんだから、
今後イスラム国に寄り添った記事なんてのは物理的に出るわけないですけど。

もっともイスラム国が誰に一番脅威を与えているかといって、
アメリカ人でもヨーロッパ人でもなく、
彼らがいる場所に居合わせてしまったイスラムの一般市民であることは間違いありません。
シリアの国境には山ほど難民が押し寄せて、
トルコも受け入れきれなくて、大変なことになっているとか。
その数16万人ですって。
お年寄りも子供もいるでしょうし、
逃げ切れたとしてその後の人生にどういう選択肢があるのか、
本当に気の毒なことです。
あの場に居合わせてしまった若い娘とか、
兵士として訓練される小さな子供とか、
その母親とか、
これからアメリカ空爆で町を焼かれる人々とか、
誰もかれも一般市民はみんな本当に可哀そうです。

私は最近司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読みまして、
それは土方歳三が主人公の新撰組ものなのですが、
読んで再びしみじみ感じたことは、
(維新ものを読むといつでも感じてしまうことですけど)、

黒船が来て日本人がまずしたことは、
身内同士で盛大に殺しあうことなのだな。

ということです。

イギリスもアメリカも、
まだ全然誰も殺していない。
まず日本人が日本人同士で、
将来に対する不安で殺気立って、
主張が違うということを理由に殺し合うのです。
その中で、老いも若きも、
バカも利口も、リーダーも下っ端も、
切って切られて、拷問し合って、町を焼いて、
片っ端から死んでいく訳です。
外国から日本を守らなくちゃいけないという点では一致しているのに。

イスラム国で起こっていることも、
きっと同じことなんだと思います。
まずは自国民が自国民に詰め腹切らせて、凄惨な仕打ちをする。

戦争というのは、
国と国の争いという前に、
集団と個人、国みたいな大きなものと一般市民の戦いだと思います。
ていうか、戦う前に最初から個人は負けるわけですけど。
負けるから戦争が起きるのでしょうし。
私にはそう考えるのが一番わかりやすいです。

慰安婦問題も今、ねつ造だなんだって色々言われていますけど、
彼女たちだって韓国人である前に、戦争の犠牲者になって、
悲惨な目にあわされた一般人であることに変わりはないと思うのです。

韓国が慰安婦問題を政治的に利用しているだけだという言い方をすれば、
おそらくそれはそういう側面もあるのでしょうし、
朝日新聞は日本の評判を落とし、国益を若干損ねたという側面もあるのでしょう。

ただ、私は日本人というより前に女ですから、
その「女」の部分を激しく貶めた戦時中の日本軍のほうに怒りを感じます。
それを政治利用する韓国人や、
間違った根拠を与えた朝日新聞に対してよりも、
三倍激しい怒りを感じるのです。

慰安婦として日本で働かされた女の人たちは、
韓国人かもしれないけれど、
たいして私と人間としての違いはなかったろうと思います。
貧しくて、抜け目なく立ち回るような知恵もなくて、
逃げられなくて捕まった若い娘たちだったのだろうと思うのです。

その個人としての娘たちが戦争で人生も尊厳もズタズタにされた。
国家が彼女たちを戦争に直面させて、
犠牲にして泣き寝入りさせて、
何十年かたったあともう一回ひっぱりだしてきて争いの火種に利用している、
私にとっての慰安婦問題はそんな風です。

韓国人が慰安婦問題を政治的な駆け引きに使っていることだって、
韓国の政府に彼女たちが利用されている、という事です。
国家に一般人が利用されているということに変わりはありません。

慰安婦問題を考える時、
日本の女子が一回やってみなければいけない事は、
戦争が終わった日の慰安婦の立場に自分を置いてみる、
という事だと思います。
まざまざとその立場を想像してみるという事だと思うのです。

戦争が終わった時、
軍隊が組織的に自分たちの所業を隠そうとして、
証拠も何もかも隠滅して、
責任関係は何もかも曖昧だったとしたら、
慰安所に残された女性たちは、
個人としてどこまでそれを調査・追求できたのだろうか?
国家の間では賠償はいらない、みたいな条約が勝手に結ばれて、
でもそれに対して元慰安婦たちに何かを言う権利や能力があったのか?
戦争とはそういうものだ、と言われてしまえばそれまでだけれど、
その戦争は彼女たちが引き起こしたものなのだろうか?

彼女たちが、一体誰に、何を言えたか。
それまで自分たちを暴力で圧倒してきた軍人たち相手に何を要求でき、
逃げまくる日本政府相手に何を要求できたのか。

または韓国政府に対して何を要求できたのか。
現代のレイプの被害者だって、
警察に届けすら出さない人が大半なのに、
当時の世相にのっとって、
彼女たちがどこまで自分の労働形態について語る事ができたのか。

いやいや、全然他人事じゃありませんよ。
私が慰安婦だったら、泣き寝入りに次ぐ泣き寝入りでしょうね。
そんな運命を自分に強いた相手を憎み抜くと思いますし、
どんなにしてもらっても癒されることはないと思います。

吉田証言はウソだったかもしれませんが、
だからといって慰安所がウソだった訳ではないでしょう。
あれが当時違和感なく受け入れられたということは、
その当時慰安所を利用したことのある兵士たちや、
慰安所を組織したことのある軍人たちがまだ一杯生きていて、
結構リアリティがあったって事じゃないかと思います。

強制徴用であろうとなかろうと、
日本軍の仕業であろうと民間業者の仕業であろうと、
女の人が外国に連れて来られて、
二束三文でそこの兵隊相手に過酷な性労働に従事させられて、
女性としての名誉も健康も何もかも失ったのです。
自分がそれをやられたのだったら、どうか。

でも軍隊みたいな国家的なものが、
組織的に証拠を隠滅しようとしたら、
一個人なんかになかなか真実が暴けるものではない。
その過程で昔の朝日新聞の編集は間違った道を取ったのではないかと思いますが、
声なき慰安婦たちにとっては、その朝日新聞の存在というのは、
どれほど心強いものだったか。
そういう事だってあると思うのですよ。

朝日新聞にはもちろん功罪あります。
やるべきじゃない事をやったと思いますし、
撤回&謝罪は当然だと思います。
でも私は彼らが売国奴だったとは全然思っていません。
そういう言葉を一般人が使うべきでもないと思う。
だってやっぱり、朝日新聞は産経新聞なんかよりも、
よっぽど弱い者の味方をしてきたんだから。

いずれ私も日本人のほとんども韓国人のほとんども、
戦争が起これば国家に強制的に徴用されて、
自由を奪われ発言を規制され家を焼かれて、
徴兵やら何やらのタダ働きの末に身一つで放り出される身です。
どんなに酷い目にあったって、その声をすくいあげてくれる人がいなければ、
ただ黙って犬死するしかない。
だから、戦争によって犠牲になった弱い者がいたとして、
その権利を主張する人がいたら、
それが自分の国の益になろうとなかろうと、耳を傾けなくてはいけないし、
出来る限り国にそれを認めさせる国民でなければいけないと思います。
だって他国民に向けられる刃は、
最初に自分たちに向けられる訳だから。
旧日本帝国軍は、日本人の女の子だって慰安婦にしたわけでしょう。

日本政府と当時の関係者が、
もと慰安婦だった女性たち個人に公式に謝罪をし、
出来る限りの補償をすることは、
当然ではないかと思います。
吉田証言がウソだろうと何だろうと、
法的な証拠があろうとなかろうと、
実在していたことは間違いありません。
戦争という名のもとに、
いかに多くの娘たちが虐げられたのか、
そしてその責任はやはり日本の当時の責任者にあったのだということを、
認めるべきだと思います。

それを過去の日本人がしてこなかったために、
私と私の韓国人の友達が、
見たこともない慰安婦をきっかけに敵同士になるとしたら、
全然笑えないです。


他人たちの戦争

最近の新聞やテレビは、
ウクライナの親露派に撃ち落された飛行機の中にいた人々の顔写真であふれています。
どの人もほんわか楽しそうに映っていて、
例えばシリアの犠牲者なんかが死ぬ前から眉間にしわを寄せて、
見るからに不穏な空気を漂わせているのに比べると、
オランダ人の犠牲者たちは平和そのもの、太平楽な雰囲気を漂わせているのです。

オランダは言っても平和で豊かで福祉も充実していますし、
新しい王様は即位したばかりでマキシマ王妃は綺麗ですし、
ワールドカップではオラニエ軍団が良い所まで行きましたし、
夏は久しぶりに暑くて青天が続いていますし、
オランダ人はひと月くらい続けて休みを取る権利を持ってますから、
さあ、じゃあいっちょ海のあるところにでも行って、
辛い料理でも食べながらコンガリ焼けてくるか!
と子供たち連れてバカンスに出た、
その矢先の死。

戦争に巻き込まれて死んでしまうなんて。
そんなこと、思ってもみなかったでしょうね。
しかも戦地のボランティアとか戦場カメラマンとかいう訳ではなく、
全然戦争と関係のない場所に行こうとしただけなのに。
ウクライナの上空を通る事を意識した人すら、
どれだけいたのかという話です。
死亡した298名の中の実に193名がオランダ人、
80名は子供です。
呆然として、現実感がなく、
怒りをぶつけようともウクライナやロシアは遠くて、
本当のところどっちがやったのかも定かではありませんし、
どうすれば良いのかわからない現状があります。

真夏の事で、墜落現場周辺の気温は35度近く、
すぐにでも遺体の回収をしなければいけないのに、
現場には近寄らせてもらえず、
親露派兵士たちが乗客の持ち物をあさっているという情報もある。
それだけでも何とかしてくれ!とオランダ側が声を荒げても、
プーチンは、
ううーん、そうですねえ、お気の毒です、
ベストは尽くしますけどねえ、
やったのがうちかどうかも分かりませんしねえ、
みたいに適当にいなしつつ、
オランダの頭越しにアメリカと話している印象です。

それにしても、
戦争というのは遠い所で起こっているようでも、
実はそれほど遠くもないのですね。
だって実際に何の関係もない国の人が死ぬのだから。

私は本当に空恐ろしく感じています。






野々村議員問題はうさんくさい

号泣し、意味不明なことを叫ぶ野々村議員があまりに面白いものだから、
YouTubeで彼の動画を探しまくり、
夢中になってみました。
久々にワイドショーに大型の新人が現れた的な感じで、
いやあ、笑いましたよ。
すごいな、日本。

でもそんな事を思いながら観ていると、
ふと、動画の投稿主がすべて、
sefyia zuneshという名前のアカウントであることに気がつきました。
外国人?なんて思いまして、
このアカウントの動画を観てみると、
野々村議員用に開いたアカウントらしく、
動画は野々村議員のものばかり。
その後、最新投稿動画として2,3本の無意味な猫の動画が投稿されているだけでした。



ふうむ。
変だね

私のミステリー大好き・陰謀大好きな部分が、
葉巻に火をつけながら言いましたよ。

これsefyia zunesh、どこかの工作員かなんかなんじゃないの?
おかしいでしょ、一個人が最初からこんなに色々な番組の動画をストックしていて、
全部編集して、こんなに短期間でアップするなんて。

でも、工作員だとしたら、何のために野々村議員をこんなフィーチャーするのさ。

私の心の中のワトソンが私に問いかけます。

そうね、きっと何かの煙幕ね。
この大騒動に乗じて、隠そうとしている何かがあるのよ、
この時期だったら何かなあ、政治的に重要な何か、何か・・・

で、ちょっと考えて、びっくりしましたね。

ああ、集団的自衛権か!とね。

安倍首相は7月1日に集団的自衛権発動の要件について、
憲法の解釈を変える閣議決定をしました。
その同じ7月1日に野々村竜太郎県議は自ら記者を集めて会見を開いているのです。

あの号泣マイクパフォーマンスによって、
この問題はもともとの問題が持っているポテンシャル以上に注目を集め、膨れ上がりました。

今やもう、国民の関心は一時でも笑い過ぎで腹筋を崩壊させてくれた野々村県議に集中し、
集団的自衛権なんていう面倒くさい問題は、
どうせどうにもならないし置いておこうかなという気分になっている。

・・・野々村県議はわざとやったのかな。あの会見。

もともとすごく不自然な会見でしたよね。
最初から記者たちを煽っているような、あの態度とか。
自分から会見を開いておいて、言う事が何にもない事とか。
いわゆる「チェ・ジウ飲み」とか、
チョコチョコテレビ的・インターネット的においしい小ネタを挟んで、
目をそらさせない演出とか。

で、sefyia zunesh氏ですが、
今日見たら、野々村県議関係の動画はすべて削除され、
猫の動画一色になっておりました。
同じ日同じ時刻に、続けざまに投稿した猫動画。
でも今日はすでに他の人たちがアップした野々村関係動画が一杯あって、
観ようと思えばそこで観られるから、
sefyia氏にとってはごく自然なフェードアウトが出来ていましたね。
私にとっては不自然そのものでしたが。

もしどこかの工作員だとしたら、CIAかな。
もともと集団的自衛権の発動について、
憲法解釈みたいな大きな枠組みまで変えざるを得なかったのは、
アメリカの強い要請があったからでしょうし、
官僚と一致団結・協力して、
国内の空気造りにあたったのかもしれません。

あと数日経ったら、このアカウント自体がなくなるのかもしれません。
なくなったら本当にCIAだね(笑)

今後、野々村県議がどういう身の振り方をするのか、
私は今や興味津々。
どういう取引でもってあの会見に至ったのか。
誰の主導でもってあの会見に至ったのか。
この会見の模様が津波のようにワイドショーを駆け抜け、
集団的自衛権についての批判を飲みこんだのち、
世間が忘れた頃に野々村県議はどうなっているのだろうか。

グリーンカード取得or死んでいたりして。
または田舎に大豪邸を建ててるとかねえ。

マスコミがこんなだから、
一般市民はもう一生、絶対に知りえない事なのだろうけれど、
誰がどう動いて、どういう構図なのかというようなこと、
もーう、知りたいわー。


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Kachika

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