FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハーグのヒルトン

私は年に何度か、「お祭り」をします。
自分の、自分による、自分だけのためのお祭りでありまして、
その際にはありとあらゆる方法で自分を甘やかすのです。

近年、ちょっとさびしいせいか、
子供がいる人を羨望の目で見つめがちな自分がおりまして、
年を取るにつれてそれがどんどん嫉妬に近くなっている自覚があります。
「いいなあ・・・」って思い始めてる。
特に相手に子供がいて結婚してて家を買って車があって犬を持ってて、
みたいな典型的な家庭生活があったりすると、
もうね。
やっぱり自分の生き方はまっとうとはいえないなあ、みたいな、
妙な劣等感に俯いてしまったりするのです。
でも、そんなのは自分の心の中だけの問題であって、
人にはどうでもいい事なんだから、
つまりは自分で自分を苦しめているだけなのですよね。

違う、違う。
と思う訳です。
彼らの方が私を羨望の目で見つめ、
嫉妬で赤黒くなるような、
そういう生き方をせねばならん。
私は言っても獅子座で辰年、つまりは王者の生まれなのだから。

私には自由があり、時間があり、金が(少し)ある。
それはもう、この世で最高に素晴らしい事である。
子供とか、パグとか、家とか、車とか、クソクラエだぜ、そんなものは!
奴隷としてつながれたがる奴らの気がしれないね!
わたしゃ野鳥のように生きますよ!
素晴らしき人生のために乾杯!
っていう、その確認作業の日といいますかね。

昨日はハーグのサーカス劇場に、ミュージカル「美女と野獣」を観に行きました。
もう上から下までちゃんとお洒落をしてお化粧をして、
ハーグのヒルトンホテルに部屋を取って、
シャンパンなどを購入して、
電子書籍で小説を二冊ほど購入して、
昼間はセントラムで買い物をして、
カフェでアップルパイとチャイラテなどを頂きました。

最近の私は、至る所で「マム」と呼ばれます。
友達の影響でジョギングを始めたらみるみるうちに体重が減ったのですけど、
それと前後するように「マム」と呼ばれ始めました。
どうやら老けたようです。
まあ、「ママ」じゃないから良いけどね!

夜はシャンパンで酔っぱらいながら、バスタブに二時間ほど浸かったものだから、
立ち上がった時には世界が揺れていて、
手に持っていたソニーのリーダーを取り落しましたよ。
ワイルドだろう?

あ、そうそう、この「私デー」には、
私のオランダ人は連れて行かないという、ローカルルールがあります。
純粋に自分だけで行動するのです。
もし私に愛人がいたら彼を連れて行くかもしれないけど、
残念ながらいないので、自分一人で行くのです。
何と言いますかね、目指すところは「孤高の贅沢」なのですよ。
自分の、自分による、自分だけのための一日な訳だから。
まあ結局寂しくなっちゃうんだけどね(爆)

ハーグのヒルトンホテルに泊まるのは三回目です。
三回とも、最高だな、ここは!
と思いながらホテルをあとにしました。
ハーグのヒルトンホテルは本当に素敵。
これは確かです。

欲しい物が欲しい場所にちゃんとあるのです。
それだけじゃなくて、
おお、こんなものがここに!
なんと便利なのだ、これは!
みたいな、驚くべき考えつくされた工夫があって、
たとえばシャワールームとバスタブが別々になってるところとか、
シャワールームにはレインシャワーと普通のシャワーの二種類あるとことか、
ちょうど良い位置にアメニティ置くくぼみがあるところとか、
あとは蛇口の形状とかね。

ハーグのヒルトンホテルの内装を手がけた人って、どんな人なのでしょう。
会ってみたいです。
特にバスルームの設計をした人ってどんな人なのかな。
もし私が大金持ちで新しく家を建てるとしたら、
きっと内装は彼または彼女に頼むでしょうね。
真の贅沢・真の機能性を知り尽くした人だという気がするのですよ。
どんな顔の、どんな雰囲気の人なのかな。

とにかくねえ、ハーグのヒルトンはそんなに高くないのに、
すごく贅沢な気持ちにさせてくれるのです。
というか、どうしてあんな値段なのかな?
場所がちょっと悪いってのはあるかもしれないんですけどね。

私の祖父は労働者の権利のために闘った人で、
その孫である私が贅沢がどうのって言ってるのを天国で見てたら顔をしかめるかもしれませんが、
やっぱりねえ。
私は贅沢が好きなんですねえ。
たいした規模ではないものの(笑)

現在は貧乏なのでこれくらいのささやかなものですが、
もし私が大金持ちになったら、
こんなものじゃ済まないでしょうね。
いや・・・済むかな。
今の規模の贅沢で十分幸福ですもんね。
人間の幸福のキャパシティーは胃と同じで、
どれほど美味しくても一定限度しか入らないのかも。

そんなこんなで贅沢を満喫して帰ってきたのでした。
帰ったら私のオランダ人が、
「昨日、会社で査定の面談があって、
 評価が良かったから正社員になれそうだよ」と言いました。
まあ一日の締めとしては上出来じゃないかと、私は満足でしたよ。

スポンサーサイト

ダライ・クマ先生

私にはブックマークをつけて定期的に読んでいるブログがいくつかあります。
そのうちの一つに、
DALAI-KUMAという、
どこかの先生の書いているブログがあるのです。
どこかの先生っていうのもかなりざっくりしてますけどね(笑)

http://blog.goo.ne.jp/bitex1993

もともとはこの先生が書いた小保方さんの記事を目にしたのがきっかけでした。
ダライ・クマ先生は小保方さんを擁護していたのですが、
その記事のコメント欄が炎上していたのですよね。
それ以前の記事にはコメントなんてほとんどないのに、
この小保方さんの回に限って300件以上ものコメントがついていて、
その大方が批判・反論でした。

でも私はそれ以来、ずっと彼のブログを読んでいます。
私は小保方さんに対するダライ・クマ先生の考え方が好きだと思ったし、
一面の正しさばかり求めて、狭く息苦しくなっていく社会の中で、
ほっとできる人間がいるなと感じた訳です。

それ以来、読めば読むほど、
この人は尊敬してもいいなあと思っているのです。

言っても私はね、若い頃から人を尊敬するということのない人間でした。
好きになる事はあっても、尊敬はしないのですよね。
ロシアの演劇大学で私の先生だったベンヤミン・ミハイロヴィッチのことは尊敬していましたけど、
日本人で尊敬に値すると思えた人はまあ皆無でした。
技術的に、仕事のノウハウ的に、キャリア的に凄い人はいましたが、
私はそういうのはあまり尊敬の対象に出来なくて、
「単に手前をそれで食わせてるだけじゃねえか」的な、
いつでもそんな感じがしていたのです。

でもねえ、ダライ・クマ先生の事は、
やっぱりなにか好きですね。
むしろ尊敬してますよ。
あたたかくて、知的で、自然の中で生きていて、
人のためになろうとしている人だという気がするのです。
会ったことがないので、実物はどうだかわかりませんけど、
実はいつも機嫌が悪いような人かもしれませんけど、
でも、私の周りにいて欲しい大人は、こういう人だと思っているのです。

小保方さんの記事にコメントして炎上させた人は、
自分が一体何者なのかということは棚にあげて、
その一瞬だけ声高に批判して、
あとは忘れて他のトピックスへ移り、
相も変わらず日本人の心と自分の心を荒廃させていってるのだと思いますが、
私はそれがきっかけで、ダライ・クマ先生の読者となっています。

この事は、私が社会を恐れた時の心の寄り所となっているように思います。
どこにだって似たような考え方の同志はいて、
その人たちは声高じゃないからどこにいるかもわからないけれど、
でも本当にいるのだ、ということ。
全然顔も知らないような人の好意というのは、確かに存在するのだ、ということ。

震災以降、日本社会の変なところがマグマみたいに噴出して、
何だか空恐ろしい限りですが、
変な話、それ以降、私には共感できる人間が増えてきました。
この人は偉いなと思えたり、
この人はすごいなと思えたり、
この人には本当に共感できると思えたり、
そういう人たちが、
津波に洗われて見えやすくなってきた、というか。

きっと多分、日本には山ほど同志がいるんだろうと思います。
見えている人もいるけれど、まだ見えてない人も大勢。
だから安保法案が通ったからって、絶望しちゃいけないなあと思ったことでした。

愛子ちゃんか愛子さまか


最近ハフィントンポストにしばしば「佳子さま」の記事があがります。
紀子さんの次女ですよね。
とても人気があるらしく、
若干ぽっちゃり気味の長女の名前が全然出てこなくなりましたよ。
私は何だかこの「佳子さま」関連の記事には心が騒ぐというか、
色々な場所にグイグイ出ていってアイドルみたいに騒がれているところをみると、
何とはなしに眉をひそめてしまうところがあります。
まあねえ、気持ちはわかるんですよ。
歴代の皇室女子はルックス的には今ひとつ二つ三つくらいでしたから、
あの太ってもなくガッチリもモッサリもしてなく、
若く可愛く健康そうなあの子をもてはやす気持ちもね。
でもねえ。
何だろう、この屈託は?

なんて思ってたら、
この間仕事で、お客さんにね、
「そういえば雅子さんも昔愛子ちゃんつれて、
オランダに静養にいらっしゃいましたが・・・」
と言ったところ、
仕事仲間である添乗員さんから、
「愛子ちゃんじゃなくて、愛子さま、ね」
という事を言われました。
指導、という口調で。
「不愉快に思うお客さんがいるから」とのことです。

ふうん?
と思いましてね。
ああ、これか。
と思いました。

私が「佳子さま」関連の記事にイラッとくる訳がわかりましたよ。
そう、記事には、
繰り返し繰り返し、「佳子さま」「佳子さま」が連呼されていて、
彼女がいかにやんごとない方か、
彼女がいかに自分たちとは身分が違うか、
彼女がいかに皇族として生きておられるか、
みたいなことが、
「どこへ行った」「何をした」「何を着てた」の行間に刷り込まれているのです。
そうして、「佳子」と「さま」はいつの間にかセットみたいな事になって、
「佳子ちゃん」と呼んだりしたら、
社会人として常識がない、みたいな話になってる。
ビコウズ彼らは皇族なんだから。

しかもね、「雅子さん」にはひっかからないのですよ。
ビコウズ「雅子さん」は民間出身だから。

「いや、でも、私は人間は平等だと思っているので」
私がそう答えると、
「あなたがそこで戦う必要はない」と言われました。
要するに、
愛子ちゃん、と私が呼んだことで、不快に思った方がいる。
あなたはちゃんと仕事をしたのに、その事で評価がひっくり返る可能性がある。
だから、そういう事はちゃんとしたほうがいいよ。
あなたのために言っているのだけれど、
ですって。

その添乗員さんはチップなんか多めにちゃんとくれるし、
お土産なんかも沢山くれるし、
口を出すところと任せてくれるところのバランスが良くて、
まあ一緒に仕事がしやすい人でしたから、
その人からビシッとした口調で、
「愛子ちゃん」と呼ぶことは「ちゃんとしてないことだ」という指摘を受けたら、
「違うと思いますよ」なんて言うのは難しいことでした。

でも、「人間は平等だ」っていうのは、
お客様には敬語で、みたいなことと違って、
常識ではなく信念ですからね。
そこを一律に相手側の思想にあわせちゃうってどうなんだろうと思ったわけです。

皇室の人たち、
特に現天皇や皇太子夫妻なんかは上品で善良そうだから好きですけど、
特別に敬うようなマインドは自分の中にないのです。
これは戦うとかそんなのでもなくて、
本当にごく自然に、天皇一家に対する畏敬の心が、自分の中に「ない」のです。
彼らは「国民の総意に基づいて」日本国の象徴だそうですが、
それ決める時に意見を聞いてもらった覚えもありませんし。

第二次世界大戦において、
昭和天皇は陸海空軍の最高司令官だったのに、
戦争責任は一切とりませんでしたよね。
原爆が落とされる前にその権限で戦争を終わらせることもしなかったし、
補給部隊なしで熱帯の森で餓死させたりとか、特攻隊だとか、
「天皇の赤子」として無茶な作戦に若者を突っ込ませておいて、
軍部の操り人形でしたから、みたいなことで戦争責任を終わらせたのですよね。
まあそれは彼にも色々事情があったから仕方ないのかもしれませんけど、
つまりは、いざっていう時に、
天皇陛下っていうのはふっと消えるぞっていうことです。
そして彼の責任関連は煙みたいに消えたまま、
都心の一等地の皇居という名の豪邸でもって、
沢山の人々を侍らせながら、
子々孫々まで保障された特別扱いを受けているのです。
責任を取らないならリーダーではないし、
そんな思想的な指導者って訳でもないし、
彼の子孫を特別に敬わなければならない理由は何だろう?
本当にわからないですよ。
右翼的な人々が怖いからっていう以外には。

そうして彼の子孫は、
この日本がとんでもない状況になりかけている時に、
彼らとは段違いに貧しく苦しい生活をしている人々に何をしてあげてるのだろうか。
時々被災地やなんかに行って握手してあげてるのは知ってますけどね。
だけどそんな一瞬の気休めじゃなくて、
この変な「構造」そのものを変えるために、
自分の皇族としての立場を使って、何かしているのだろうか。
それはしちゃいけないんですよね。
だったらもう、国民にとって皇族って、
「ちょっと上品めの良い人たち」という以外に、別に意味がない気がするのです。
彼らの何を私は尊敬せねばならないのだろうか?
いや、天皇皇后および皇太子夫妻は、
私よりも年上だし、見識も教養もありそうだし、
その気品のある物腰には敬意を払うべきだと思いますけど、
あの愛子ちゃんとか、皇族の子供たちってね。
沢尻エリカじゃないですけど、
別に。
ですよ。

でもやっぱり社会的には皇族は目上の人々という体になっているのだから、
公的には尊称を使うべきなのかしら。
だけど、その一般的慣習は、本当に現代日本の中で、
一般的慣習というほどに全国民の中に定着しているんですかね?
私は若干リベラルな教育を受けてきたせいかもしれませんが、
仮に誰かが「誰々さまが・・・」とかって子供に尊称つけてたら、
変な感じがしますし。
そういう層だっているでしょう。

もちろん、「愛子さま」「佳子さま」って呼びたい人は呼べばいいけどね。
熱烈に皇室が好きな人がいることは知ってますし、
自然に敬愛している人がいることもわかります。
だから、皇室関係の話は常に好意的に話すようにしてますし、
政治に絡めて話したり絶対にしませんしね。

ただ、誰が具体的に「不愉快だ」と言ったのかもわからない、
「そういう人もいますので」みたいなフワッとした事と、
自分の信念とを比べたら、
私はいつでも自分の信ずるほうを採用したいなと思った次第でした。
「そこであなたが戦う必要がない」と言われましたけど、
自分の足場で自分の信念を守らなかったら、
一般人は一体どこで戦うのか、ということですしね。

そして、そういう「皇室とは何か」みたいなところを通過しないまま、
戦後の無反省の合わせ技みたいに
「佳子さま、きれーい!」みたいな持ち上げ方をして、
カーストの上位に彼女がいるっていう事を「常識」として定着させるってのは、
私は危険なことだと思っています。
ちょっと気がしれないな。
まあ、あの子はかわいいけどね。



いつの間に

後藤健二さんの死に哀悼の意を表します。
仕事柄、常に死は意識されていたと思いますが、
それでも亡くなるまでの間、
彼がどれほどの恐怖を体験したかと思うと、
気の毒でなりません。
もともとは人々の幸福のため、
平和のために仕事をされていたのでしょうに、
紛争の火に油を注ぐような役割に利用されて、
忸怩たる思いで亡くなったのではないかと思います。

それにしても心底不思議なのは、
どうしていつの間にかイスラム国が日本の敵みたいな体になっているの?
という事です。
どうして安倍首相は「テロと戦う」なんて簡単に言うのかしら。

もちろん日本でイスラム国由来のテロが起こったならば、
それは断固として戦うべきです。
日本の国内でイスラム国由来の殺人事件が連発し、
日本人が次々さらわれたり、
若者が兵士になってアラブに行っちゃったりしているのならば、
もちろんイスラム国は日本の敵です。

ところが日本の国内にはムスリムはほとんどいませんし、
日常生活の中で彼らを見たことがあるという人すら、そんなにいないと思うのですよ。
ましてやイスラム国の兵士なんてね。
日本にはムスリムに対する差別なんてないし、
積極的に反感を持つほど彼らを知っている人もそんなにいないと思います。
それは向こうだって同じだと思います。
日本と中国の区別がついていない人間が大半だと思いますよ。

イスラム国と欧米のごたごた、
またはムスリムと欧米のグチャグチャに、
日本は全然からんでいないのです。
関係ないのです。
本来は。
いつの間にこんな敵対の構図の中に組み込まれているのだか。

テロリストと戦う!
なんて言うと、一見正論でかっこいいですが、
自分に何にも悪い事していないテロリストと戦うのって、
それは本当に正義なのだろうか。

いや、もちろん湯川さん・後藤さんは人質にされた上殺害されましたけど、
彼らはそこが紛争地域だということも、
イスラム国の危険性も分かった上で渡航されていた訳で、
テロの犠牲になったのかと言われると、その定義はどうかな、と思いますしね。
むしろ職業的に戦争の犠牲になった、兵士の殉職に近い形だと思います。
平和な日本のサラリーマンが通勤途中に犠牲になったのとは違います。

今回の件は安倍首相がエジプトに行って、
「テロと戦っている周辺国」イラクやレバノンに、
二億ドルの資金提供を約束したことがきっかけだそうです。

そもそも、どうして私たち日本人が、
対テロリストなんだか知りませんがムスリムの戦争に、
二億ドルも出さねばならないのか?
二億ドルって234億円ですって。
日本は借金大国なんですよね?

避難生活の福島県民もきちんとした保護を受け取っておらず、
ブラック企業ばかりで労働形態は貧しく、
生活保護すら削られて、
消費税はあがっていく、
それはみんな「仕方ない」のに、
何の関係もない中東に二億ドルの支援て、一体何なの?
しかも「あげてもいいですか?」っていう相談を受けた覚えも全然ないし。
二億ドルは安倍さんのポケットマネーだったのかな?
だからあんなに簡単にあげちゃったのかな。

そうして、二億ドルあげるのに、
その金を受け取る中東は、
今回の人質事件において一体何をしてくれたのだろうか。
二億ドルも受け取るくせに、
人質の一人や二人救出できなかったの?
二億ドルも受け取るくせに、
イスラム国との交渉ルートさえ満足に構築できなかったの?

無駄に金をあげるにもほどがあると、私は思います。
あげたくないなあ。
もうあげちゃったなら、返してほしいな。

ダンス

まあ、仕事ばっかりな毎日なのです。
なんといっても水商売。
その日暮らしな訳ですから、稼げるのは良いことなのですが、
もともとあんまり生産的な人間ではないので、
「毎日仕事をしている」という至極当然なことに、ちょっとブルーが入ってくるのです。

雨が降ってたり、
頭が痛かったり、
変な人間を相手にしたり、
変なことをしちゃったり、
その度に、時間がないので笑う余裕がなくてね。

そうこうする間に弟の誕生日がやってきて、
ちゃんと物を選んで買って日本に送る時間がつくれなくって、
まあいいや、母の誕生日と一緒に送れば。
なんて思っていたのですが、
やっぱりその日が来てみると、悪くてね。

で、アムステルダムでの仕事帰りに、
カルファー通りの服屋で、
なんか洒落たTシャツでもないものかと探していたのです。
でもねえ、言っても、弟にはあまり会ってないのでね。
最近のあの子の好きな感じとか、
最近のあの子の嫌いな感じとか、
全然わからないのですよ。
太っているのかも痩せているのかも知りませんしね。

でも、カルファー通りには服屋がいっぱいあり過ぎて、
黒人白人アジア人アラブ人で人通りはいっぱいで、
頭はぼうっとしてきますし、
何一つ選べないまま、
とりあえず服屋をうろついていたのです。

で、オランダの若者向けの服屋というのは、
音楽がガンガンと大音響で鳴っているのです。
ディスコみたいな感じでね。
仕事のあとでエネルギーが若干ゼロに近づいてきている私の頭に、
その音楽が殴りかかるみたいで、まいりました。

愛だの恋だのセックスだのを、
チンピラどもがYOYO言いながら、
何を言っておるんだ君たちは、
その前に世界を良くする方法を考えたまえよ。

次にやってきた絶叫する女性の歌声に、もうイライラがマックスになりまして、
ああ、もうこいつ殺したいな、黙れよ。
と思った時にね。

ちょうど私のすぐそばにいた黒人の若い男性が、
思わず、という感じでBGMと一緒に歌詞を口ずさみ、
リズムに合わせてちょっと踊りだしたのです。

知っている歌だったのでしょうね。
いかにも辛抱溜まらんという風に、ステップを踏んでいるのです。
服屋のBGMにあわせて。

ああ、安いぜ。
そんな風に思いつつも、
ああ人間、こんな風に生きなくちゃだめなんだ。
そんな事も思いました。
同じ環境で、同じ音楽を聞きながら、
イライラしている人間もいる。
踊り出す人間もいる。
どちらが高級かは別にどうだっていいし、
どちらが幸せな人間かははっきりしている訳なのです。

でもねえ、弟の誕生日プレゼント、
どうしようかな。
今、あの子はどんな感じなのかな。
母は今、どんな感じなのかな。
野田さんはどんな感じなのかな。
そんなことを考える、今日この頃でした。


プロフィール

Kachika

Author:Kachika
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
102336位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
27391位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。