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どう考えるべきなのか

私の母は、私が子供の頃、反原発運動をやっておりました。
非核三原則を国に守らせようとか、
核爆弾の恐怖を訴えたいとか、
そういう集会に子供の頃よく連れていかれた事を覚えています。
私が子供の頃ですから、
もう30年も前の話で、
今みたいに色々な人が反原発を口にする時代でもなかったし、
放射能の恐怖も、
みんな口で言っているだけで、
実は心から恐れている訳ではなかったような時代でした。
私の母も、運動はしていたけれど、
国が原発政策をガンガン推進していって、
それで経済が回っているし意見は常に無視されるしで、
途中から先細ってあまり言わなくなったようなところもありました。

それでも、
原発がある県から来た野菜は買わないようにしていました。
放射能が混ざっているかもしれないから、
というその主張を、
私たち子供は半笑いで聞いていたものです。
福島の事故が起こった時、
母はガイガーカウンターを持って、
そこらじゅうで放射能の数値を測っていました。
そして、福島と遠く離れた東京でありながら、
色々なところでびっくりするぐらい高い数値が出るのだと話していました。
私たち子供はもう半笑いではありませんでしたが、
だといってどうすればいいかもわからずにいました。
今でもそれは同じです。

そうして、事故から何年も経って、
私が時々日本に帰ると、
母が当然のように東北から来た野菜を手に取ります。
だって選んだって仕方ないもの、
すごく安いしね、
それに、何選んだって結局同じでしょ?
と、あれほど原産地に敏感だった母が言うのです。

この間スカイプで話した時には、
赤ん坊がいる兄の友達が、奥さんをガンで失くして、
そしてその後、その友達自身もガンで亡くなった、ということを言いました。
私が、え、それ、放射能の影響かもね、
だって、放射能というのは浴びてからちょうど5,6年してからガンなんかが出てくるんでしょ?
と言うと、
母は、
それは違うと思うな、ここは東京だし、
関係ないわよ。
と答えました。

だって東京にもホットスポットがあるって、
汚染された土地で育った野菜はやっぱり汚染されてるって、
水というのは巡っているものだから、海に汚染水を放出したりしたら、
飲み水にもやはり放射能が入るはずだって、
そして、放射能は癌や白血病の原因になるはずだって、
お母さん自身がそう言っていたじゃない。

私はそう言いかけて、言葉を飲み込みました。
言ったって仕方がないし、
その友達と奥さんのガンが、
そのせいで孤児になった子供の運命が、
原発由来かどうかなんて今後絶対に分かるはずもない。
もし確実にそうだと断言できないのであれば、
不安にさせるような、生きる土台を揺らがすようなことは言うべきではないのです。
それはそうだろうな、と思ったので・・・・。

今の日本で病気の人にそれを言い出せば、
そんな事言って何になるのと、
多分大多数の人が思うのだと思います。
ガンの人が飛躍的に増えたという統計も聞かないし、
芸能人の癌や突然死はよく聞くように思うけれど、
それが放射能由来だなんて言い出せば、
なんだかすごく失礼な事を口にしたような空気になりますしね。
東北で避難区域に住んでいた人が、
引っ越した先で「補償金貰ってるんだろう」と、
まるで悪い事でもしてるみたいに言われたなんていう信じられないニュースも、
「放射能なんて実は何でもないのに、何でもないことで巨額の税金をせしめて」みたいな気持ちなのかもしれない。
実際に国は被爆の基準をひょい、と上げて、
「大丈夫ですよ」という事にしたけれど、
それ以後、放射能由来の死者の話を公式に聞いたことがないですしね。

かく言う私も、揺らいできているこの頃です。
放射能って、本当は何でもないのかな?
汚染されてても、離れてるから大丈夫なのかな?
周りで癌になる人は放射能とは全然関係ないのかな?

福島で未曽有の大原発事故があって、
ものすごい放射能が大気に放出され、
メルトダウンが起こって土壌と地下水が汚染され、
汚染水が放出されたことによって海水が汚染された。
これは誰もが知っている事実で、多分否定する人はいないと思います。
放射能は人体に有害で、
放射性物質を含んだ食品を食べたり、
大気に含まれた放射性物質を吸い込んだり、
放射性物質を浴びた土や物質を触ったりして体内に取り込めば、
放射線が細胞を変化させ、
深刻な健康被害を引き起こす。
これも事実ということで、まず否定できないと思います。

ところが、周りで亡くなった人の死因については、
まず放射能とは関連付けて考えられないのは一体なぜなんだろうか。
三段論法の結論の部分だけが宙ぶらりんになったみたいな、
妙に胸に墜ちない感じ。

そして、これは口に出して言ったらいけない、という気持ちだけが強く残るのです。
自分の身の回りで、
若くして癌になって死ぬような人が出ても、
「放射能じゃないか」って言った途端に、
私は「トンデモ」になってしまうって。
タブーってこういう事なのかな。

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ハーグのヒルトン

私は年に何度か、「お祭り」をします。
自分の、自分による、自分だけのためのお祭りでありまして、
その際にはありとあらゆる方法で自分を甘やかすのです。

近年、ちょっとさびしいせいか、
子供がいる人を羨望の目で見つめがちな自分がおりまして、
年を取るにつれてそれがどんどん嫉妬に近くなっている自覚があります。
「いいなあ・・・」って思い始めてる。
特に相手に子供がいて結婚してて家を買って車があって犬を持ってて、
みたいな典型的な家庭生活があったりすると、
もうね。
やっぱり自分の生き方はまっとうとはいえないなあ、みたいな、
妙な劣等感に俯いてしまったりするのです。
でも、そんなのは自分の心の中だけの問題であって、
人にはどうでもいい事なんだから、
つまりは自分で自分を苦しめているだけなのですよね。

違う、違う。
と思う訳です。
彼らの方が私を羨望の目で見つめ、
嫉妬で赤黒くなるような、
そういう生き方をせねばならん。
私は言っても獅子座で辰年、つまりは王者の生まれなのだから。

私には自由があり、時間があり、金が(少し)ある。
それはもう、この世で最高に素晴らしい事である。
子供とか、パグとか、家とか、車とか、クソクラエだぜ、そんなものは!
奴隷としてつながれたがる奴らの気がしれないね!
わたしゃ野鳥のように生きますよ!
素晴らしき人生のために乾杯!
っていう、その確認作業の日といいますかね。

昨日はハーグのサーカス劇場に、ミュージカル「美女と野獣」を観に行きました。
もう上から下までちゃんとお洒落をしてお化粧をして、
ハーグのヒルトンホテルに部屋を取って、
シャンパンなどを購入して、
電子書籍で小説を二冊ほど購入して、
昼間はセントラムで買い物をして、
カフェでアップルパイとチャイラテなどを頂きました。

最近の私は、至る所で「マム」と呼ばれます。
友達の影響でジョギングを始めたらみるみるうちに体重が減ったのですけど、
それと前後するように「マム」と呼ばれ始めました。
どうやら老けたようです。
まあ、「ママ」じゃないから良いけどね!

夜はシャンパンで酔っぱらいながら、バスタブに二時間ほど浸かったものだから、
立ち上がった時には世界が揺れていて、
手に持っていたソニーのリーダーを取り落しましたよ。
ワイルドだろう?

あ、そうそう、この「私デー」には、
私のオランダ人は連れて行かないという、ローカルルールがあります。
純粋に自分だけで行動するのです。
もし私に愛人がいたら彼を連れて行くかもしれないけど、
残念ながらいないので、自分一人で行くのです。
何と言いますかね、目指すところは「孤高の贅沢」なのですよ。
自分の、自分による、自分だけのための一日な訳だから。
まあ結局寂しくなっちゃうんだけどね(爆)

ハーグのヒルトンホテルに泊まるのは三回目です。
三回とも、最高だな、ここは!
と思いながらホテルをあとにしました。
ハーグのヒルトンホテルは本当に素敵。
これは確かです。

欲しい物が欲しい場所にちゃんとあるのです。
それだけじゃなくて、
おお、こんなものがここに!
なんと便利なのだ、これは!
みたいな、驚くべき考えつくされた工夫があって、
たとえばシャワールームとバスタブが別々になってるところとか、
シャワールームにはレインシャワーと普通のシャワーの二種類あるとことか、
ちょうど良い位置にアメニティ置くくぼみがあるところとか、
あとは蛇口の形状とかね。

ハーグのヒルトンホテルの内装を手がけた人って、どんな人なのでしょう。
会ってみたいです。
特にバスルームの設計をした人ってどんな人なのかな。
もし私が大金持ちで新しく家を建てるとしたら、
きっと内装は彼または彼女に頼むでしょうね。
真の贅沢・真の機能性を知り尽くした人だという気がするのですよ。
どんな顔の、どんな雰囲気の人なのかな。

とにかくねえ、ハーグのヒルトンはそんなに高くないのに、
すごく贅沢な気持ちにさせてくれるのです。
というか、どうしてあんな値段なのかな?
場所がちょっと悪いってのはあるかもしれないんですけどね。

私の祖父は労働者の権利のために闘った人で、
その孫である私が贅沢がどうのって言ってるのを天国で見てたら顔をしかめるかもしれませんが、
やっぱりねえ。
私は贅沢が好きなんですねえ。
たいした規模ではないものの(笑)

現在は貧乏なのでこれくらいのささやかなものですが、
もし私が大金持ちになったら、
こんなものじゃ済まないでしょうね。
いや・・・済むかな。
今の規模の贅沢で十分幸福ですもんね。
人間の幸福のキャパシティーは胃と同じで、
どれほど美味しくても一定限度しか入らないのかも。

そんなこんなで贅沢を満喫して帰ってきたのでした。
帰ったら私のオランダ人が、
「昨日、会社で査定の面談があって、
 評価が良かったから正社員になれそうだよ」と言いました。
まあ一日の締めとしては上出来じゃないかと、私は満足でしたよ。

ダライ・クマ先生

私にはブックマークをつけて定期的に読んでいるブログがいくつかあります。
そのうちの一つに、
DALAI-KUMAという、
どこかの先生の書いているブログがあるのです。
どこかの先生っていうのもかなりざっくりしてますけどね(笑)

http://blog.goo.ne.jp/bitex1993

もともとはこの先生が書いた小保方さんの記事を目にしたのがきっかけでした。
ダライ・クマ先生は小保方さんを擁護していたのですが、
その記事のコメント欄が炎上していたのですよね。
それ以前の記事にはコメントなんてほとんどないのに、
この小保方さんの回に限って300件以上ものコメントがついていて、
その大方が批判・反論でした。

でも私はそれ以来、ずっと彼のブログを読んでいます。
私は小保方さんに対するダライ・クマ先生の考え方が好きだと思ったし、
一面の正しさばかり求めて、狭く息苦しくなっていく社会の中で、
ほっとできる人間がいるなと感じた訳です。

それ以来、読めば読むほど、
この人は尊敬してもいいなあと思っているのです。

言っても私はね、若い頃から人を尊敬するということのない人間でした。
好きになる事はあっても、尊敬はしないのですよね。
ロシアの演劇大学で私の先生だったベンヤミン・ミハイロヴィッチのことは尊敬していましたけど、
日本人で尊敬に値すると思えた人はまあ皆無でした。
技術的に、仕事のノウハウ的に、キャリア的に凄い人はいましたが、
私はそういうのはあまり尊敬の対象に出来なくて、
「単に手前をそれで食わせてるだけじゃねえか」的な、
いつでもそんな感じがしていたのです。

でもねえ、ダライ・クマ先生の事は、
やっぱりなにか好きですね。
むしろ尊敬してますよ。
あたたかくて、知的で、自然の中で生きていて、
人のためになろうとしている人だという気がするのです。
会ったことがないので、実物はどうだかわかりませんけど、
実はいつも機嫌が悪いような人かもしれませんけど、
でも、私の周りにいて欲しい大人は、こういう人だと思っているのです。

小保方さんの記事にコメントして炎上させた人は、
自分が一体何者なのかということは棚にあげて、
その一瞬だけ声高に批判して、
あとは忘れて他のトピックスへ移り、
相も変わらず日本人の心と自分の心を荒廃させていってるのだと思いますが、
私はそれがきっかけで、ダライ・クマ先生の読者となっています。

この事は、私が社会を恐れた時の心の寄り所となっているように思います。
どこにだって似たような考え方の同志はいて、
その人たちは声高じゃないからどこにいるかもわからないけれど、
でも本当にいるのだ、ということ。
全然顔も知らないような人の好意というのは、確かに存在するのだ、ということ。

震災以降、日本社会の変なところがマグマみたいに噴出して、
何だか空恐ろしい限りですが、
変な話、それ以降、私には共感できる人間が増えてきました。
この人は偉いなと思えたり、
この人はすごいなと思えたり、
この人には本当に共感できると思えたり、
そういう人たちが、
津波に洗われて見えやすくなってきた、というか。

きっと多分、日本には山ほど同志がいるんだろうと思います。
見えている人もいるけれど、まだ見えてない人も大勢。
だから安保法案が通ったからって、絶望しちゃいけないなあと思ったことでした。

愛子ちゃんか愛子さまか


最近ハフィントンポストにしばしば「佳子さま」の記事があがります。
紀子さんの次女ですよね。
とても人気があるらしく、
若干ぽっちゃり気味の長女の名前が全然出てこなくなりましたよ。
私は何だかこの「佳子さま」関連の記事には心が騒ぐというか、
色々な場所にグイグイ出ていってアイドルみたいに騒がれているところをみると、
何とはなしに眉をひそめてしまうところがあります。
まあねえ、気持ちはわかるんですよ。
歴代の皇室女子はルックス的には今ひとつ二つ三つくらいでしたから、
あの太ってもなくガッチリもモッサリもしてなく、
若く可愛く健康そうなあの子をもてはやす気持ちもね。
でもねえ。
何だろう、この屈託は?

なんて思ってたら、
この間仕事で、お客さんにね、
「そういえば雅子さんも昔愛子ちゃんつれて、
オランダに静養にいらっしゃいましたが・・・」
と言ったところ、
仕事仲間である添乗員さんから、
「愛子ちゃんじゃなくて、愛子さま、ね」
という事を言われました。
指導、という口調で。
「不愉快に思うお客さんがいるから」とのことです。

ふうん?
と思いましてね。
ああ、これか。
と思いました。

私が「佳子さま」関連の記事にイラッとくる訳がわかりましたよ。
そう、記事には、
繰り返し繰り返し、「佳子さま」「佳子さま」が連呼されていて、
彼女がいかにやんごとない方か、
彼女がいかに自分たちとは身分が違うか、
彼女がいかに皇族として生きておられるか、
みたいなことが、
「どこへ行った」「何をした」「何を着てた」の行間に刷り込まれているのです。
そうして、「佳子」と「さま」はいつの間にかセットみたいな事になって、
「佳子ちゃん」と呼んだりしたら、
社会人として常識がない、みたいな話になってる。
ビコウズ彼らは皇族なんだから。

しかもね、「雅子さん」にはひっかからないのですよ。
ビコウズ「雅子さん」は民間出身だから。

「いや、でも、私は人間は平等だと思っているので」
私がそう答えると、
「あなたがそこで戦う必要はない」と言われました。
要するに、
愛子ちゃん、と私が呼んだことで、不快に思った方がいる。
あなたはちゃんと仕事をしたのに、その事で評価がひっくり返る可能性がある。
だから、そういう事はちゃんとしたほうがいいよ。
あなたのために言っているのだけれど、
ですって。

その添乗員さんはチップなんか多めにちゃんとくれるし、
お土産なんかも沢山くれるし、
口を出すところと任せてくれるところのバランスが良くて、
まあ一緒に仕事がしやすい人でしたから、
その人からビシッとした口調で、
「愛子ちゃん」と呼ぶことは「ちゃんとしてないことだ」という指摘を受けたら、
「違うと思いますよ」なんて言うのは難しいことでした。

でも、「人間は平等だ」っていうのは、
お客様には敬語で、みたいなことと違って、
常識ではなく信念ですからね。
そこを一律に相手側の思想にあわせちゃうってどうなんだろうと思ったわけです。

皇室の人たち、
特に現天皇や皇太子夫妻なんかは上品で善良そうだから好きですけど、
特別に敬うようなマインドは自分の中にないのです。
これは戦うとかそんなのでもなくて、
本当にごく自然に、天皇一家に対する畏敬の心が、自分の中に「ない」のです。
彼らは「国民の総意に基づいて」日本国の象徴だそうですが、
それ決める時に意見を聞いてもらった覚えもありませんし。

第二次世界大戦において、
昭和天皇は陸海空軍の最高司令官だったのに、
戦争責任は一切とりませんでしたよね。
原爆が落とされる前にその権限で戦争を終わらせることもしなかったし、
補給部隊なしで熱帯の森で餓死させたりとか、特攻隊だとか、
「天皇の赤子」として無茶な作戦に若者を突っ込ませておいて、
軍部の操り人形でしたから、みたいなことで戦争責任を終わらせたのですよね。
まあそれは彼にも色々事情があったから仕方ないのかもしれませんけど、
つまりは、いざっていう時に、
天皇陛下っていうのはふっと消えるぞっていうことです。
そして彼の責任関連は煙みたいに消えたまま、
都心の一等地の皇居という名の豪邸でもって、
沢山の人々を侍らせながら、
子々孫々まで保障された特別扱いを受けているのです。
責任を取らないならリーダーではないし、
そんな思想的な指導者って訳でもないし、
彼の子孫を特別に敬わなければならない理由は何だろう?
本当にわからないですよ。
右翼的な人々が怖いからっていう以外には。

そうして彼の子孫は、
この日本がとんでもない状況になりかけている時に、
彼らとは段違いに貧しく苦しい生活をしている人々に何をしてあげてるのだろうか。
時々被災地やなんかに行って握手してあげてるのは知ってますけどね。
だけどそんな一瞬の気休めじゃなくて、
この変な「構造」そのものを変えるために、
自分の皇族としての立場を使って、何かしているのだろうか。
それはしちゃいけないんですよね。
だったらもう、国民にとって皇族って、
「ちょっと上品めの良い人たち」という以外に、別に意味がない気がするのです。
彼らの何を私は尊敬せねばならないのだろうか?
いや、天皇皇后および皇太子夫妻は、
私よりも年上だし、見識も教養もありそうだし、
その気品のある物腰には敬意を払うべきだと思いますけど、
あの愛子ちゃんとか、皇族の子供たちってね。
沢尻エリカじゃないですけど、
別に。
ですよ。

でもやっぱり社会的には皇族は目上の人々という体になっているのだから、
公的には尊称を使うべきなのかしら。
だけど、その一般的慣習は、本当に現代日本の中で、
一般的慣習というほどに全国民の中に定着しているんですかね?
私は若干リベラルな教育を受けてきたせいかもしれませんが、
仮に誰かが「誰々さまが・・・」とかって子供に尊称つけてたら、
変な感じがしますし。
そういう層だっているでしょう。

もちろん、「愛子さま」「佳子さま」って呼びたい人は呼べばいいけどね。
熱烈に皇室が好きな人がいることは知ってますし、
自然に敬愛している人がいることもわかります。
だから、皇室関係の話は常に好意的に話すようにしてますし、
政治に絡めて話したり絶対にしませんしね。

ただ、誰が具体的に「不愉快だ」と言ったのかもわからない、
「そういう人もいますので」みたいなフワッとした事と、
自分の信念とを比べたら、
私はいつでも自分の信ずるほうを採用したいなと思った次第でした。
「そこであなたが戦う必要がない」と言われましたけど、
自分の足場で自分の信念を守らなかったら、
一般人は一体どこで戦うのか、ということですしね。

そして、そういう「皇室とは何か」みたいなところを通過しないまま、
戦後の無反省の合わせ技みたいに
「佳子さま、きれーい!」みたいな持ち上げ方をして、
カーストの上位に彼女がいるっていう事を「常識」として定着させるってのは、
私は危険なことだと思っています。
ちょっと気がしれないな。
まあ、あの子はかわいいけどね。



自転車事故

ひと月ほど前、仲良くさせてもらっている仕事上の先輩と、
ハーグの町でお昼ご飯を一緒に食べたのですが、
その際、先輩が自転車にはねられました。

ちょうど自転車道を横断しているところで、
左右から来る自転車を確認しながら渡りきったところで、
前の歩道から来た自転車にぶつかったのでした。

別にスピードを出していた訳じゃないのですが、
結構激しいぶつかり方をしました。
先輩の身体はふわっと一瞬浮いて、
そのあと後ろを歩いていた私の腕の中にボンッと入ってきたので、
「おおっ?!」と思わず言いましたよ。
まるでキャッチャーになったみたいでしたね。
リアル・キャッチャー・イン・ザ・ライですよ。

足と小指をぶつけたということで、
先輩は衝撃で口が利けないみたいな感じになっているし、
とりあえず近くのベンチに腰かけて、
自転車に乗っていた人に電話番号を聞きました。

その男の人は人が良さそうで、
しきりに謝って、どうしていいか分からないような様子でした。
私が、
「これから病院に連れて行くから、
 何か怪我をしてた場合のために名前と電話番号を教えて欲しい」と言ったら、
すぐに教えてくれました。
だけど彼の着ているものとか、自転車とか、
あんまりお金はなさそうだなと思いましたけどね。

彼と別れたあと、
中華料理屋に入って、
とりあえず昼食を予定通り取りました。
先輩は足を引きずり、小指は妙な具合に曲っていましたが、
ただそこまで痛くはないとのことで、
「病院に行くほどのことはないと思う」と言ったので、
その日はそれで帰ったのですけどね。

そこから私たちは仕事が猛烈に忙しくなりました。
春はもう、毎日毎日仕事で、
私たちは仕事しかしなくなるのです。
彼女も仕事を休めなくて、
病院に行けないまま、ひと月が経過しました。

そうして、先日やっと仕事の合間に病院に行ったところ、
小指の骨が折れていたそうです。
骨が折れる=激痛みたいな感じで考えていましたが、
そうでもないんですね。
そういえば変な方向に曲がっていましたし、
本当、中華なんか食べていないですぐに病院に連れていけばよかったですよ。

それで、自転車に乗っていた男の人に、
折れたことがわかった時点で電話を掛けたそうです。

名前も電話番号も本物で、
ちゃんと電話も掛けられたし、SMSも送れたので、
とりあえず怪我した所の写真と状況を送って、
また連絡するね、とメッセージを残したそうです。

そうしたら、次から着信拒否されて、
電話にもSMSにも全然返信がないとか。
あんなに良さそうな人だったのに、ひき逃げの予感です。

一昨日、私と先輩とは一緒に警察署に行って、
保険のための被害届を出そうとしましたが、
警察は被害届を受理してくれませんでした。
ひと月前に起こったことだし、
その場で警察を呼ばなかったし、
証人の私は彼女の友達だし。

とりあえず男の携帯の留守電では、
本人の声で名前と名字を名乗っているので、
それをメモしてインターネットで検索したら、
彼のフェースブックおよび写真が出てきました。
ジャケットを肩にひっかけて葉巻くわえた、
良い男風の写真が。
もう、隙だらけですよ。

多分普通の良い人なんですよね。
とっさに嘘の電話番号を教えたって良かったのに、
本名と本当の電話番号を教えてくれた訳ですし。
でもいざ事が面倒になり始めると、
ビビって逃げることに決めた訳です。
まあ、こっちは言葉もおぼつかない外国人ですしね。

フェースブックには彼の写真もありましたし、
友達もみんな出てましたし、
彼がコメントをのせた記事、
彼がリコメンドする音楽、
彼の好きな映画、
みんな出てましたよ。

そこから溢れるように彼の良さそうな人柄、
趣味の良さなんかが伝わってくるのですが、
最後に私たちしか知らない情報、
「彼はひき逃げをしたのだ」という一項目をつけ加えた途端、
トランプを裏返すみたいに、
世界が変わるのです。

いやあ、インターネットって怖いですね。
震えがきましたよ。
私はトンズラすることに決めた彼の気持ちが分からない事はないですからね。
私だって貧乏な小市民で、
自転車で対人の保険なんかかけてませんし、
治療費でいくら取られるんだろうと思ったら、
それは警察にその場で届け出なかったこととか、
相手がろくに話せない外国人であることとか、
超面倒くさいこととか、
まあ「逃げたほうが得」と思ったかもしれません。
最初から逃げる狡さもないし、
自分の身元を隠す様な用心深さもないし、
そこらへんもまさしく、
ごく普通の人ですよ。

そういう人こそ、
大恥かいちゃうんだなあ、と思ったんですよね。
私が彼の立場だったら、
被害者に葉巻咥えてるカッコイイ写真を観られた時点で、
「ひき逃げした癖に(笑)」と思われている時点で、
もう恥ずかしくて居てもたってもいられないですよ。

だけど、だからこそ、
私たちみたいな小市民にとって、
いざという時に怖くても筋を通して生きるという事、
責任をちゃんと取るという事は、
大切な事なんだとしみじみ思いました。




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Kachika

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